アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

虚しい恋愛で苦しむ女性へ

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浮気・不倫をしているあなた

報われない、不毛な恋をしているあなた

将来が全く見えない恋をしているあなた

都合の良い女としか見られていないあなた

 

 

逃げて。

 

 

恋愛というのは、確かに女性をキレイにする。

 

でも、虚しい恋愛をいくらしたところで、あなたは絶対にキレイにはなれない。

どんなにつくろったところで、陰・闇・膿が出てしまう。

いずれはムリが出る。

 

あなたは、いえ、全ての女性は

自分の恋愛が虚しいかどうか、本当はわかっている。

いつまでも、自分をだませはしない。

 

でしょ?

 

友達や親との会食、クリスマスなどのイベント、病気になった時、バケーション...

 

 

なんで相手はそこにいないの?

なんで写真を投稿できないの?

なんで一人でいるの?

なんであなたばっかり詳細を覚えていて、相手は気まぐれなの?

なんであなたが泣いていても、相手はそのことさえ知らないの?

なんであなたばっかり我慢してるの?

 

 

だまされないで。

 

 

不変の法則というものは、世の中がどんなに近代化しても不変なもの。

 

 

そこにいても、あなたは絶対に幸せにはなれない。

あなたには、絶対に幸せな愛を掴んで欲しい。

ほんとうに、心から。

 

 

虚しい恋愛をやめられないのは、中毒になっているから。

ドーパミンが出る快楽が欲しくて、戻ってしまうから。

 

健全ではない、自分のためにならないと分かっているのにやめられないのは、

タバコ、お酒、麻薬、ギャンブルと同じ。

 

冷静になって。

バケツの水を頭にかける覚悟で、ほだされた頭と心を冷やしてほしい。

 

u-rennai.jp

 

あなたが投資するべき時間、お金、エネルギー、美貌、愛情は、彼ではない。

 

 

どうすればいい?

止められない気持ちと戦う?

 

いいえ、戦ってはいけない。

逃げて。

 

他のこと、他の人、何でもいい。

あなたが興味あること、好きなこと、没頭できること

何でもいいからそちらにあなたの関心を向けて。

 

一番いいのは、あなたがこころから望む将来を視覚化して(書く)

そこから逆算して、そのために今は何をすべきかを知ること。

これは、夢でも幻想でもない、現実的に確実に幸せになれる方法。

 

確実に

 

この言葉、救われるでしょ?

 

その状況にいるひとなら、私が何を言っているかわかるはず。

 

あなたなら、なれるでしょ?

粋で、キレイな女性。

 

なろうよ。

 

 

 

 

 

内輪だけのカッコよさと、どこでも通用するカッコよさ ~ DA PUMPと、Miyavi(雅)さんに思う

 

 DA PUMPのUSAという歌が去年流行ったらしく

ネットの色々なところで目にした。

どうやら、国民的ヒットだったらしい。

 

日本で暮らしていれば、TVや店などのBGMやらで耳にするだろうけど

私の場合、自分で聴こうとしない限り、JPOPを聞く機会はゼロ。

 

なので、百聞は一見に如かず。

さっそく、You Tubeで拝聴(拝見?)する。

 

 

こ...これは!?!?!?!?!?!?!?

 

 

あまりの衝撃に、一旦、意識がどこか遠くへ行きそうになった。

 

その後30秒ほどで、正気に戻りつつ...(笑)

 

どうしてこれが国民的ヒットになったのか、検索してみた。

 

style.nikkei.com

 

なるほど... これは、戦略なのだね。

(ああ、良かった)

 

敢えて、1970年代ぐらいのメンタリティと思われる歌

聴いてて何となく恥ずかしくなるけど、ツボ(沼?)にはまるメロディー

子供が真似しやすそうなダンス

しかも、それを、ユーロビートでやる。

ユーロビートは、1990年代に大流行した。

私の世代に馴染みがある。

 

納得した。

さすがエイベックス、よく考えてる。

これは日本で大衆ウケがしやすい。

 

でも、この巧みな計算、外国人には訳がわからないだろう。

ってか、タイトルのUSAからして、真面目にコントだと思われる可能性が大。

 

勿論、この曲は外国狙いなんてちっとも考えてないだろうし

もともと、芸能界は、日本国内・日本文化内だけで理解できれば十分だと思うし

外国とかグローバル社会なんて気にしてない所に、日本の独自性の強みもある。

 

私は、決してそれが嫌いではないし、むしろ誇りに思うところさえある。

 

だから、決して批判しているのではない。

これはこれで、素晴らしい出来だ。

 

外国では受け入れられないからダメ!日本ダサい!と言うつもりは毛頭ない。

 

「日本は遅れている!外国に追いつかなければ!」の戦時思考は、それこそダサい。

何が遅れているか、進んでいるかなんて個人やその国の固定観念だし

これからは、いかにオリジナリティーを出すか、が大切なのだから。

 

「海外に出ると日本の良さがわかる」と言われる。

 

かくいう私

この国に住んでいる年数が、日本で暮らした年数をとっくに超えた(20年以上)。

 

結論から言うと、これは正解だと思う。

 

確かに、日本にいたころは見えなかったものが、良く見えるようになる。

(懐かしく・恋しくなる、とも言う)

 

 

でもって

 

 

「日本の良いところ」が見えるだけでなく

(伝統文化、技術、国民性など)

 

「日本ではいいけど、外国では微妙...」というのが、感覚でわかるようになる。

お笑い番組、前述のDA PUMPやAKB系などの芸能、ファッション、など)

 

 

でもね、「日本でも外国でも通用する!」というのも見えるんだな、これが。

 

 

で、この、最後のジャンル、「日本でも外国でもOK!」

これを見つけるたびに、とても嬉しくなる。

 

上手く言えないが

エキゾチック・マニアック路線でわかる人だけに売るのではなく

文化、言語、風習、先入観などをすべて超越し、

感覚的に「うわ、カッコいい!」と響かせることができる日本人がいるのだ。

 

 

例えば、雅さん。

 

www.instagram.com

この人、凄すぎる。

ここ数年の雅氏は、文句なしにカッコいい。

どの国のどんな人に見せても、下手な説明をせずとも、理解されるカッコよさだろう。

 

100%東洋人で、欧米を追わない

話し方、考え、身のこなしなどは柔らかく、礼儀正しい日本人そのもの

肩に力をいれず

それでいて、演奏時の迫力。技術も文句なし。

こんなスタイリッシュな日本人を、最近見たことがない。

 

私が彼を知ったのは、今は彼の奥さんである、歌手のMelodyが好きだったからだ。

Melodyと結婚した男、ということで知った彼への当時の感想は「ふーん...」(笑)

別に何ともない、ビジュアル系男子だった。

 

でも、その後、彼はメキメキ進化した。

 

アンジェリーナジョリーに見初められて映画に出たり

Ellenのトークショーに出たり(これ、アメリカでは物凄い事)

勿論、海外在中で、英語で歌ったりして海外市場を十分に意識してのことだろうけど

それにしても、カッコいい。

 

奥さんのMelodyも相変わらず綺麗で

可愛い娘が二人。

安泰な家庭を持ち、それをインスタグラムなどで惜しみもなく見せながらも

ロッカーとしてバリバリやっている。

 

雅氏は、日本生まれの日本育ちだそうだ。

今まで、帰国子女やハーフ、外国人、インターナショナル学校卒業など

どこか「優位」な経歴がないと難しかったグローバル人材は

これから、純・日本産でも通用する時代になるだろう。

 

別にDA PUMPの皆さんと比べているのではない。

あれはあれで、いいと思う。

 

ただ、雅氏のような、「0秒でわかる日本のカッコよさ」で

世界を魅せることが出来る人材

こういう人が、もっともっと増えて欲しい。

 

で、お願だから

2020年東京オリンピックのような機会には

彼のような、「0秒でわかる日本のカッコよさ」があるモノや人やテーマなどを起用して欲しい。

 

間違っても、DA PUMPのUSAやAKB系で「日本を理解してもらおう」と思わないで欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

主体性の本質

 

『ものごとが上手くいくには、主体性が大事だ』と、今まで何度も書いてきた。

生き方でも、キレイになるにも、モテるにも。

 

  • 状況・他人・その場の勢いに流される⤵
  • 周りの目が必要以上に気になる⤵
  • 自分が何がしたいのかわからない⤵

 

という人より

 

  • 思考がクリア☝
  • 自分に集中しているので、いい意味で他人には無関心☝
  • 明確な目標と、それに続く計画があるので迷わない☝

 

確かに、こういう人の方が上手くいくよね。

得たい結果を得られることが多い。

 

それに、美の観点から言えば、

自信がある人や迷わない人というのは、魅力的に映る。

もうそれだけで、その人を纏うオーラが段違いだ。

そこに男女の差はない。

 

でも!

それだけではないことに、この間気づいた。

主体性というのは、もう一歩踏み込んだところに本質がある。

 

 

例えば、私は長いこと、主体性とはこういうことだろう、と理解していた。

 

 

仕事

上から割り振られた作業を「やらされてる感」でこなすのではなく

「結果を出すぞ!がんばろう!」と積極的にやること

 

 

「さんざん筋トレが美にいいっていう情報があるし、やりたくないけどそれしかないか」とやるのではなく、「筋トレして美尻を得るぞ!」と勇んでやること

 

 

恋愛

「xx君とデートしたいなあ。誘ってくれるまで待ってよーっと」

ではなく、「xx君とデートしたいから、自分から誘っちゃおう!」

 

 

なんて感じだ。

ところが!

 

実際は、上の3つの例では、まだまだ主体性が足りないのだ。

なぜかというと、結果や周りに自分がどうあるかがかかっているから。

 

  • 仕事→ 良い業績がでなければ報われないし、仕事してる時間は拷問
  • 美→ 筋トレそのものをしている時間は辛く、拷問
  • 恋愛→ xx君に拒否されたら、3日は立ち直れない

 

これでは、明らかに自分にネガティブな影響が出るのは避けられない。

 

では、本物の主体性とは何か。

 

それは、こうだ。

 

  • 仕事→ 仕事そのものをゲーム感覚で楽しむ
  • 美→ 筋トレそのものにハマる
  • 恋愛→ xx君の反応がどうのこうのというより、恋愛が楽しいし、自分磨きも嬉しい

 

そりゃ望んでいた結果や成果が出れば最高だけど、そうはいかないこともあるだろう。

要は、そこだけに集中しないことだ。

自分でコントロールできないことに、自分を在り方を委ねないこと。

あくまでも「自分」、とにかく「自分」だ。

 

その為に、もう一つ上の段階まで思考・マインドを変える必要がある。

結果や周りに影響されないのは、確かに難しい。

 

でも、「難しい」と思うと、脳は思考を止めるらしい。

難しいと思ったら、脳に「どうすればできるか?」とコマンドを出すことだ。

 

コマンドをクリアするために考えている時、きっとワクワクしている自分に気づくだろう。

結果がどうであれ、自分で考え、自分で行動している。

これだけのことなのに、何とも言えない充実感が満ちるのを経験するはずだ。

 

これが、本来の主体性の凄さだ思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

欲しいものを、はっきりさせる

 

欲しいものは、欲しいと言おう。

 

なぜなら、あなたが「欲しいけれど今はまだ手に入らないなあ」と思っているものは

他人にとっては、いとも簡単に貴方にあげることが出来るモノかもしれないからだ。

そして、そうである可能性は、とても高い。

 

「え?そんなことないよ?」と言う人は、

周りからは、貴方の欲しいものが何なのか、

貴方が何を必要としているのか

貴方が自分で思う程には、見えていない確率が高い。

即ち、わかりにくいのだ。

 

 

そこが明確になると、人は安心して、あなたにそれをあげることが出来る。

 

 

例えば、ね...

 

うちの下の息子の好みは、わかりやすい。

サッカー、ゲーム、車(玩具など)...

あと、学校の教科では、地理が好き。

国名や国旗なども、良く知っている。

その事を知っていて、日本へ一時帰国していた友人が、

「日本の100円ショップでこれを見たとき、xx君を思い出した」と、

国旗や国名が入った下敷きをお土産に買ってきてくれた。

ついでに、本屋で、もっと詳しい地理の本も買ってきてくれた。

 

私も、喫茶店で食べるクラブサンドウィッチなどに

旗がついたつまようじが刺さっていたりすると

「あ、これ、息子が喜びそう」などと思いだして、持って帰ったりする(笑)

 

同僚の一人に、若いし、スポーツをするということもあって、

よく食べる男の子がいる。

皆、彼が食べることが好きなことを知っているので、

会社の女の子達は、ちょっとしたお土産にお菓子を買ってきたり、

ランチで食べきれなかったサンドイッチを、半分わけてあげたりする。

 

彼は心底嬉しそうな顔をするので、あげたほうも嬉しくなる。

あげるほうは、大した努力はしていない。

でも、ふとしたときに、「あ、彼が欲しそう。あげよう」と、思い出すのだ。

 

 

私は、自分の服は殆ど買わない。

経済的余裕が余りないということもあるけれど、

ミニマリスト+筋トレマニア」なので

服より肉体!というスタンスゆえに、基本的に着飾ることには興味がないのだ。

 

それでも、ちょっと仕事用に服を足さねばなあ、という必要にかられた。

ビジネスが絡んだ食事会や、お偉いさんとの会議に、ジーンズではいけないし。

それを、お茶を飲みながら、ごく身近な友人に話した。

 

そしたら、なんと、彼女はこう言ったのだ。

 

「買ったはいいけど、いまいち着こなせないストレッチパンツが幾つかあるんだ。

もう数年クローゼットの中にあるから、恐らくもう履く機会はないと思う。

もしサイズがあえば、あげるよ?」

 

こうして私は、1銭も使うことなく、何の努力もせず

ベージュと黒とキャメル色の、

素敵な上質をストレッチパンツを3本もいただいてしまった。

 

その友人は独身貴族(というの?)で金銭的にも余裕があり

また、おしゃれで、結構な数の洋服を持っている人。

彼女にとっては、ストレッチパンツの2,3本ぐらい、気負いせずにあげることができる。

別に彼女から何かをもらおうと企んでいたわけではない。

彼女も、私がそんなことを期待していったのではないことぐらい、承知だ。

ただ単純に、需要と供給が合った、とでもいおうか。

 

 

 

 

何でもかんでも「欲しい!」と叫べばいいという意味ではない。

まずは、断捨離などをして(マテリアルでも、生き方でも)

その上で、自分がなりたいキャラを明確にする。

 

「欲しい」と思うもの

「いらない」と思うもの

それをハッキリさせること。

周りにわかりやすいように。

ついでに、自分のキャラと、自分が好きなモノを、周りにわかりやすくしておこう。

あと、自分のやりたいことや、目標も、ね。

 

すると

 

同じような人が近づくことができるし

全く違う人や合わない人は遠ざけることができるし

周りが、あなたがあなたの目標を達成するのを、助けやすくなるからだ。

賢い人のやり方に学ぶ

 

今年になってから新しく取り入れた習慣の1つが、音声を利用した学習だ。

 

移動時間や、単純作業・家事をするとき

音楽ではなく、何かについての知識を教えてくれる音声を聞くのだ。

 

もう音楽は金輪際聞かない!というのではなく

筋トレや、気分をリフレッシュしたい時

気持ちを落ち着かせたり、逆に盛り上げる時などは、好きな音楽をいくらでも。

その辺は、臨機応変

 

でも、最近、ようやく学んだのだ。

 

音楽はアートであり、その多くは感情から来る。

ジャンルにもよるが、恋愛ものの歌詞が、圧倒的に多い。

 

私は、単純な人間なので

歌詞やメッセージには、多大に影響される。

映画や小説と同じで、その世界に引き込まれてしまうのだ。

 

前向きな、生きる元気をくれる歌などならいいけれど

何というか、まあ「あなたが好きでどうしようもない」的なモノが多い。

そして、それらを聞くと、そういう自分になってしまうのだ。

 

これは、縁愛中・デート前の盛り上がり時とか

キレイでいる為に不可欠な「疑似恋愛」的気持ちを維持するとか

そういうものには絶大な効果があるけれど

 

それとは次元の違う「成功」のためには、余りというか全く役に立たない。

それどころか、フワフワしたお気楽モードに、更に輪をかけてしまうことに。

 

楽しく面白おかしくときにドラマのように生きるのも悪くないが

ポジティブで実践的な教えの音声というのは、

空想・理想の中、歌詞の中に自分を見出して幻の幸福感(?)をくれる音楽ではなく

現実的に、確実に、具体的に、自分のためになるものを与えてくれる。

 

この習慣の積み重ねは、後に大きな結果の違いをもたらす。

言われなくても、経験と感覚で既に納得している。

 

フルタイム勤務で、妻で母だと、

まとまった学習時間なんて、ほぼ取れない!と思う。

これは、大袈裟ではなくて、事実。

 

でも、冷静に考えてみると、食事の支度をしている時など

30分ぐらいなら、音声で学習できる時間と言うのは作れる。

本は読めないし、PCも見れないけど、音声を聞くスキマ時間と言うのは、結構ある。

 

 ここも、良く言われる盲点だと思う。

やらないのは、やれないのではなくて、やらないことを良しとしているのだよね。

結局、自分の中で、優先順位の腹がくくれていないということだ。

 

アラフォーの今は、こういうことは、周りはもう教えてはくれない。

言い訳をする自分を、自分が教えて自分で軌道修正させていかなくては。

 

今は本当にいい時代だと思う。

一昔前なら、CDやラジオ、本などでスキマ時間に勉強したのだろうけど

それらは費用がかかるし、かさばるし、大抵は1テーマしか対応しないし

本などは、歩きながらは読めない。

 

今はYoutubeなどを検索するだけで、無料で色んな知識を得られる。

勿論、良質なものを選ぶ選択力は必須だけれど

そこは、アラフォーならできるはず。

 

今までの人生で培ってきた知識と経験と直感をフル回転させ

自分が観るべきものと避けるべきものを選別する。

メッセージに信憑性があるか

自分の為になるか、害になるか。

 

さて、そんなわけで、今日見つけたものがコレ⤵

www.youtube.com

 

成功する為には、成功者のやり方に学ぶのが一番。

 

何をもって成功と呼ぶか、には色々あるけれど

むずかしい哲学的なことは置いておいて

とりあえず、自分が望んでいるけれど、まだそれに到達していないこと

その目標に到達することを「成功」と呼ぶとすると

 

「成功」するには

今やっていることや、または、今までやってきたことで

成果の出ていないことや、無意味な習慣などを改めて

新しい良い習慣を取り入れることが必要だ。

 

敗者・凡人のやり方を捨て、成功者のやり方に変えるのだ。

 

敗者・凡人、などという言い方はどうなのか?という意見も出るだろうけど

これは、いままでの自分のことを指す。

他人様ではない。

 

今までのんべんだらりとなんとなく生きてきて

成功(自分が望むもの)を得ていない私、

その自分を「敗者・凡人」と呼ぶのだ。

 

すなわち、「変わること」を、自分が、心と頭と魂とで選び取ることをしなくてはいけない。

昨日や今日の自分とやってることが同じであれば

得られる結果はやはり昨日や今日と同じだから。

 

さて、この動画のメッセージには、感心した。

自分がここ最近で本やブログやその他から学んだものが、凝縮されている。

成功の法則と言うのはやはりあって、それらは自己啓発書などを読めばすぐわかるが

それが、とてもわかりやすい言葉と例で説明されている。

 

手短にまとめると、こういうこと。

 

1.主体性に生きる(他人や運任せにせず、自分で動く)

2.お金の使い方に賢くなる

3.常に前に進む(過去や失敗、問題にいちいち驚いたり捕らわれたりしない)

4.自分に集中する(他人に左右されない)

 

私は、過去数年で、上記の3と4はかなり上達したと自負している。

今年は、1と2を徹底的に突き詰めていきたい。

 

 

スタートでしくじっても、あきらめないで

 

寝坊した。

6時に家を出なくてはいけないのに、6時に起きた。

 

あー...

 

遅刻だ。

うん、完璧、遅刻。

 

どうしよ...

いっそのこと、欠勤してしまおうか?

 

という気持ちが一瞬横切ったが、とりあえずシャワー。

 

その後、いつものルーティーン。

支度をして、会社で食べれるような手軽な朝食を準備して、出る。

いつもより少し急ぎながら。

 

結果、30分遅れで出社。

正直に言う。

「寝坊しました。申し訳ありませんでした」

 

上司はそれほど怒らなかった。

遅れは、ランチタイムに挽回。

 

 

こういうこと、よくあると思う。

出だしから優雅に、完璧に、スムーズに行かないと、何かやる気なくなる感じ。

全てを投げ出したくなる感じ。

適当に言い訳したり、うまくとりつくろったりしたくなる時。

 

 

小学生の息子が、マジックで絵を描いて

思うように書けなくて、イライラして

「もーいい!また始めからやる!」

紙をぐちゃぐちゃに丸めて

ポイっとゴミ箱へ捨てて

また新しい真っ白な紙でやり直し。

 

で、また同じことを繰り返す。

1枚目より、イライラはつのる。

 

 

でもさ

 

仮病して欠勤とかしたら(しないけど)、つじつま合わせに大変だっただろう。

病院の診断書とかもいるし、かえって面倒だったかもしれない。

 

落ち着け、落ち着け

 

人生、いつも100%でいくことのほうが珍しい。

60%ぐらい出来ていればオッケー、ぐらいに考えること。

いや、60%オッケーなら上出来だってば。

 

しくじっても、全てを投げ出したくなるのを抑える。

とにかく、何も考えずに、気持ちは真っ白にする。

頭は冷やし、体を動かす。

やることをやる。

 

 

30分遅れたけど、誠実に対処して何とか挽回。

今度からはちゃんとしよっと!

というポジティブ感で終わる。

 

これが、完璧主義でイライラでめんどう、という気持ちに負けたら

「やってしまった!しかも、休んじゃった」

というネガティブ感は否めない。

 

例に出したのは単なる寝坊だけど

これ、案外人生の色々な事に応用できることに気づいた。

 

スタートでしくじっても、あきらめないで

 

やけにならないで

 

大丈夫、まだ間に合う。

 

小学校、中学校、または高校で、友達と上手くいかなかった?

その上(大学だったり、職場だったり)で新しく見つければいいよ。

 

就職先がブラックだった?

転職すればいいよ。

違う働き方なんて、幾らでもあるよ。

 

夫婦喧嘩しちゃった?

気持ちを改めて、また始めればいいよ。

離婚する必要なんてないよ。

 

食べすぎちゃった?

じゃ、今から控えればいいよ。

ダイエット、今からでも全然大丈夫だよ。

 

貴方が考えるほど、状況は最悪ではないよ。絶望的ではないよ。

 

だから、やるべきこと、やれることを、淡々とやろう。

そのほうが、いい結果が出るよ。

 

落ち込んだり、反省したり、泣いたり笑ったりはその後すればいいよ。

 

大丈夫

 

そうやって取り乱すことなく対処できた場合

得られる結果と気持ちは、ほとんどがポジティブなものだから。

 

 

どんどん良くなっていく、充実感の秘密

 

10代後半、親と海外旅行へ行く機会があった。

 

その時、思った。

ああ、つまらないなあ。

 

お金や航空券の予約などの心配もないし、本来もっと楽しめるもののはず。

でも、グルメも、観光名所も、何もかもつまらなかった。

それは、一緒に旅行をするのが親だったからだろう。

親のことは好きで、仲は良かったが、

旅行中は内心、しらけていた。

 

それは勿論、「若さ」から来る「理由なき何とか」というものだろうけど 笑

 

・・・・・・・・

 

20代の後半と30代の始め、海外出張へ行く機会に多く恵まれた。

 

そこで、仕事の傍ら、

いつも素晴らしいものを体験する幸運を与えられた。

 

絶景のビーチ

美味しい食事

素敵なホテルやレストラン

有名どころな観光名所

道行く高級車や、有名人、イベント...

 

でも、そんなものを見るたびに、体験するたびに、

なんとなく虚しくなったものだ。

独身で決まった恋人もいなかった自分は、思った。

 

仕事の同僚とこういうものを体験しても、つまらないなあ。

1人での出張では、もっとつまらないなあ。

感動のレベルが高ければ高いほど、何故かむなしさを感じたものだ。

 

それが、おそらく私には「結婚適齢期」というものだったのだろうけど。

 

 

・・・・・・

 

その後、結婚し、子供が出来た。

 

今は、どこか旅行へ行くのであれば、絶対に旦那と子供と行きたい、と思う。

どうでもよかった日本への一時帰国も、家族を連れて常にやりたい、と思う。

 

実際に旅行した時の興奮と楽しさは、

何年たっても面白おかしく鮮明に覚えていて

何度も思い出話をしては、家族皆で笑い転げる。

 

理屈ではない。

 

彼らが喜ぶ顔を見る楽しさや心の充実感は、計り知れない。

これこそ、10代の頃から、旅行をするたびに、常に私が足りないと思っていたものだ。

 

女性のアラフォーの知人・友人たちは、時にこういうことを言う。

「女だけで、パーっと旅したいよねえ!旦那と子供抜きでさ」

 

食事とかならまだしも(いや、それもいやかも)

仕事ならともかく、旦那や子供を置いた旅行には、私は興味はない。

 

私は、別に独身で生涯を過ごしても全く問題はないどころか

素晴らしい人生を送れると思う派だ。

結婚絶対主義者ではない。

 

でも、結婚して、旦那と子供ができると

いや、子供がいてもいなくてもいいけど

とにかく、自分と濃い関係を持つ人が出来る、ということの素晴らしさを知ってしまった。

その信頼関係と愛情の重みは、

束縛どころか

とてつもない充実感を与えてくれる。

 

 

人間関係において、旦那と子供を優先する私の人生は、落ち着いている。

心地の良い落ち着きだ。

「自分にご褒美」的な何かを、自分に与える必要はもはやない。

 

この落ち着きは、パーティーやら女同士の旅行やら

そういう刺激的なイベントからは得られない。

 

そういうものに頼る必要がないのだ。

自分の人生が静かに充実しているのが実感できる。

そして、この安定感は、すごい。

 

 

幸せな成功者になりたいのであれば、

旦那であれパートナーであれ、

結婚してようが恋人・同棲止まりだろうが関係ないけど

とにかく、落ち着いた男女関係は必須だろうと思う。

 

綺麗ごとではない。

旦那も子供も、時にわたしに多大な問題をもたらせるし

イライラしたり、喧嘩したり、脳内離婚したりするときもある(5分限定)笑

 

でも、アリシア・キーズは歌う

 

全世界が銀製のお皿に盛られて、私に与えられても

それが何だっていうのだろう

それを共有する人が、誰もいなかったら

本心から私の事を気にする人が、いなかったら

 

 

ビジネスで成功しようが

語学が出来ようが

美しさを維持できようが

全てが上手くいこうと

このささやかな、でも確実な心の拠り所が出来るまでは

私の人生は、何となくつまらないものだった

 

よく言われることで

耳にタコができるようなフレーズで

聞くたびに何となく嫌気がしたものだけど

 

アラフォーの今、無駄な心のわだかまりは、全くない。

 

今まで、その自覚はなくとも、

旦那や子供を二の次にして、

同僚やらママ友やら友人やらへいい顔をすることや、

受け入れられることを優先していたような気がする。

 

家では2流のコーヒーを家族に飲ませ

同僚の為には、1流のコーヒーを持っていく、とかね。

友人に会うのに飛び切りオシャレして

旦那とのお出かけには、普段着とか。

 

ごく最近、そのワナに気づいた。

とんでもない人生の無駄だ。

 

こういう一つ一つの本質を、

心の底から理解し始めるのが、アラフォーの醍醐味だ。

解る人は20代で察するだろうけど、まあ今からでも遅くはない。

 

外見は大事だけど、必要のないところで「見栄」を張る生活を、辞めつつある。

現に、20~30代に海外出張の多かった華やかな職場も、

出産して子供が出来たら無理で、でもそこを辞めることに全く悔いはなかった。

自分だけ楽しめる旅行は実はつまらなく、もうコリゴリだったからだ。

 

そういう感じで、人生のあれこれを、今調整している。

 

これから、人生もっと素晴らしく良くなるのだろうな、と、内心楽しみだ。