アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

「キレイ」じゃないけど...

「キレイじゃないけど魅力的」って、聞いたことない?

 

こういうことを言われても、実は今までは余りしっくりこなかった。

 

私は、女でも男でも、綺麗な人に惹かれる。

勿論、外見で人間としての質を定めているわけではなく、

ただ単に芸術を愛でるような感覚で、外見が美しい人がいると、見とれるのだ。

 

なので、キレイじゃないけど魅力的な人がいると言われても、

男性はともかく、女性の場合は、

「うーん、でも、所詮は顔かたちがキレイな人の魅力には負けるんじゃない?」

とこっそり思っていたのだ。今までは。

 

ところが、さ。

前言撤回。

「キレイ」じゃないけれど非常に魅力的な女性に、出会った。

 

新しく通い始めた、戦闘系エアロビ(?)の先生。

歳は、完全に50代。

 

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浅黒い皮膚、黒い髪、低い背。

スポーツジムで講師をしているだけあって、さすがに体は引き締まってはいるけれど、

この国の人にしてはめずらしく、胸もお尻もくびれもないし、

女性らしい華やかさは一切持たない。

化粧もしないし、普段は胴着のような、黒のスポーツウェアのみ。

 

決して醜いわけではない。

でも、「キレイ」とか「美人」など

そういうほめ言葉とは無縁(失礼)なタイプの女性だ。

 

しかーし

 

この人、とんでもなく魅力的。

始めてあった時、一目で虜になったしまった(それで、受講を決めてしまったぐらい)。

だって、彼女がクラスに入っただけで、広いスタジオの空気が変わったのだ。

彼女の魅力に吸い寄せられたのは、私だけでない。

クラスの受講者は皆、彼女のファンだ。

 

お手本を見せるステージの上に立つと、堂々としていて、大きく見える。

実際は、あんなに小柄な人なのに。

 

武道とボクシングを専門とする彼女。

その魅力は、強さと自信と、武道をする人特有の凛とした雰囲気によるところが大きいのは、確かだ。

そして、身のこなしの優雅さ、完璧な動き。

 

でも、それだけじゃないような気がした。

 

なぜなら、彼女にはお弟子さん(女性)のような熱狂的なファンが3人ぐらいいて、

毎回クラスの一番前を陣取りし、時には彼女に代わって皆に教えたりするけど、

そして皆さん、ボクシングや武道のスキルはかなりのものだけど、

先生のあの魅力には、到底追いついていないのだ。

「この人素敵。ずっと見ていたい」という、先生を見ている時の気持ちにはさせない。

 

その中の一人を見ていて、気が付いた。

そのお弟子さん(女性)、パッと見のスペックは先生と似たようなものだけど、

いかんせん、その在り方が、男勝りなのだ。

人を見下した感じで見るし、威圧的。

「オラオラ~」とか言いそうな、野蛮な話し方、佇まい。

これでボクシングや武道なんてやってるもんだから、男勝りというより男そのものだ。

 

先生は、その辺のバランスと切り替えが、見事。

女っぽい要素を全くまとわなくても、なぜか女らしい。

ボクシングをする時の真剣な目になると、大男でもたじろいでしまう程の迫力。

でも、一瞬で愛想を崩して、にこっと笑ったりする。

ジョークを言って笑わせたかと思うと、

「掛け声が小さい!」と受講者をビシっと叱る貫禄もある。

 

そして、クラスが終わって、お辞儀をする時の、清い美しさ。

あ、これ、「清く、強く、美しく」だなあ。

いわゆる「キレイ」じゃないけれど、この人、美しい。

変な言い方だけど、存在そのものが、小説のような、映画のような人なのだ。

人を惹きつけてやまないし、感動させる。

 

そして、更におまけのエピソード。

 

時々クラスに来ては、彼女を手伝っていた20代ぐらいのマッチョな男性二人。

私はてっきり、彼女の弟子か、道場のスタッフかと思っていた。

そしたら先日、何と二人とも先生の息子さんであることが発覚...

先生、凄いよ...

 

私がこれで更に彼女に憧れることになったのは、言うまでもない。

生活感のない女

「生活感がない」女とは、どういうヒトだろう?

 

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ほめ言葉か、けなし言葉か...

解釈の仕方は色々あると思うけれど...

 

私自身は、「貴方は生活感のない女性だね」と言われたら、凄く嬉しい。

20~30代だったらちょっと微妙だけど、

40以上になってこれを言われたら、

「貴方は所帯じみておらず、誰かの妻や母である前に、一人の女性として見えますよ」ということだと、都合良く解釈できるじゃない?(笑)

 

もはや最高のほめ言葉の一つだ。

 

 

生活感がない、とは、生活のごたごたや所帯じみた匂いがしない女...

何とも憧れる。

日常のゴタゴタ感にまみれて、

生活感どこじゃない、生活臭くなりがちなのが、普段の自分だからね!

 

欲を言えば、「ぱっと見はちっとも生活感のない女、でも、実は家事・育児なんでもこい、の肝っ玉母さん」になりたいな。

そのギャップが、最高の魅力になると思うから。

 

「肝っ玉母さん」というけれど、別に結婚してなくても、子供がいなくても、関係ない。

要は、40ぐらいになったら、いざとなったら男でも子供でもどーんと面倒みれますよ、という母親のような包容力を持つ女、ね。

 

ところで、肝心なのは、「いざとなったら肝っ玉」っていうところ。

見かけから「肝っ玉」なのは、論外(笑)

それだと、ただの「お母ちゃん」か「おふくろさん」道まっしぐらだ。

私に「お母さん」を感じる必要があるのは、私の子供だけでいい。

世間一般にそう思われる必要はない。

 

見た目「生活感がない」、でも、中身「肝っ玉」を目指して、がんばります!

 

時が良くても悪くても

「時が良くても悪くても、すべきことを淡々とする」

 

これがどれだけ難しいか。

知識として頭で納得するだけと、実際に実行できるのは、全く別の次元の話。

 

私の場合は、これが曲がりなりにもなんとか出来るようになったのは、親になってから。

選択肢がなく、やるしかなかったから。

 

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子供がいない頃は、準備が完璧に整っていないと動かない人間だった自分。

で、何かをする時には完璧にやりこなさないと、満足できなかった。

感情や体調や状況に振り回されて、気が向かない時にはやるべきことは放っておいて、お酒を飲んでふて寝したり、馬鹿食いしたり、落ち込んでうだうだしたりしたこともあった。

万全なコンディションじゃなきゃ嫌で、常に100%キレイに何かをこなしたい、とこだわっていたその昔は、精神的に子供だったなあ、としみじみ思う。

勿論100%やりたいけれど、状況的に80%ぐらいで我慢しなくてはいけない時、または、最悪の状況でも50%狙わなくてはいけない時...人は一皮むける。

 

別にキッカケは子育てである必要はないけれど、

こういう大変な思いをしながら、人は少しずつ大人になるのだと思う。

 

前述の通り、自分の思うままに生きてきた私も、子供という責任が出来たら最後、そんな優雅なことは言ってられなくなった。

赤ん坊と幼児は、過酷な課題を「え?今?」っていうタイミングで、容赦なく課してくる。

予定通りに物事が進むことは殆どない。

ベストタイミングなんて待ってたら、何も出来ないのでやるしかない。

また、どんなに「最悪なタイミング」でも、やらないという選択肢はない。

 

どんなに疲れていても、職場で何かあって悩んでいてブルーでも、

おむつを替え、授乳をして、寝かしつけて、泣いたら抱っこして...

ちょっと大きくなって手がかからなくなっても、ご飯は絶対に作らなくてはいけないし。

 

鍛えられたなあ...いや、まだ現在進行形なんだけどね。

子育ての日常の大変さに比べたら、部活の地獄の特訓なんて、軽いものだ。

(学生時代、全国大会に出場するような強豪チームで本格的に運動をしていました)

 

さて、これを書きながら、仕事(と筋トレ)で疲れた体にムチ打って、

猛スピードで夕飯の買い物をし、

子供と旦那が散らかしたリビングとベッドルームを片付け、

子供をお風呂に入れて、

洗濯機をまわし、

夕ご飯を作ったのに...

 

日中動きまくった子供は疲れていたらしく、ソファーで熟睡。

疲れたしお腹はすくし、先に食べてさっさと寝てしまいたいけれど、

何とか我慢して旦那の帰宅を待っていたら、

遅く帰ってきた旦那は機嫌が悪く、

しかも「体調悪いからもう寝る、夕飯いらん」だってさ。

 

誰も手を付けていない夕食テーブルを片付ける。

台所には片づけが残っている。

洗濯物も干さなきゃ...

 

ふー、辛い。

疲れた...

報われない...

何で私だけ?

今日全然いいことなかったじゃん...こんな辛い毎日、ずっと続くのかなあ?

どんどん思考がネガティブになっていく。

フラストレーションが半端ない。

 

汚れた調理器具、自室に連れて行かなきゃいけない子供...その他、やらなきゃいけないことが山積み...めんどくさい、やりたくない...

 

でも!

 

ここは修行だと思って、えいや!と踏ん張る。

ネガティブ思考を、「いやいやいや、そうじゃないって」と戒める。

がんばれ、自分!

 

ばーっと残りの家事をこなしてしまう。

もう寝よう!

明日は明日の風が吹く...

 

こうして、こういうなんでもない、でもきちんと辛いステップを一つ一つ乗り越えて、

恐らく人は成熟していくのだと信じて疑わない。

筋トレと同じで、メンタルも適度な荷重を与えていくことによって強くなるのだ。

 

「時が良くても悪くても、すべきことを淡々とする」

 

筋トレは、継続して淡々とやるもの。

一気にマッチョになる人はいない。

大人になる近道なんて、ない。

成熟に至る楽な道なんて、恐らくない。

 

成熟といえば、果物もワインも、熟れてたほうが断然美味しい。

どうせなら、うんと美味しい熟女目指してやろうじゃないの!

 

 

タバコ

「問題」と呼ぶには大袈裟な、でも心を煩わせるには十分な、嫌なことがあった。

何ともやりきれず、気に食わない。

途端に機嫌が悪くなる。

解決の為に、何かできるわけではない。

誰が悪いわけでもない。

 

例えると...誰かに惹かれて、勝手に「見込みあり」と思っていたのが、実は相手にとって自分は眼中にないみたい、ということが分かった、独り相撲の失恋後のような感覚だ。

 

なぜ自分には魅力がないのだろう。

なぜ相手は興味をもってくれないのだろう。

なぜ...?

いや、考えるだけムダだ。第一、どれもこれも、バカな質問だ。

仕方がない。

自分がこうなのも、相手がああなのも、状況がこうなのも、誰のせいでもない。

ただ、そうあるだけだ。

 

出来ることは、自分で自分の気分を変えるだけ...そういう時。

 

 

はあ~、とため息をつく。

何度も。

 

 

ふと、「タバコが吸いたいなあ」と思った。

勿論、思うだけ。

吸うことはない、と自分でわかってる。

 

大体、私は、誰に強制させれずとも、健康な食生活と、筋トレと、その他もろもろの良い習慣が好きな人間だ。

タバコもお酒も特に自分に禁ずることがなくとも、別に魅力を感じない。

 

でも、ため息だけでは、この心のもやもやを吐き出すには、足りないような気がしたのだ。

 

ああ、だから人はタバコを吸うんだろうなあ。

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私の住む国は、目に見えて貧富の差が分かる、ハッキリとした階級社会だ。

中級クラスの友人や、日本人は、言う。

 

「なぜ食べるものにも困る中、貧困層がタバコに浪費するのかが分からない。

甘えている。怠けている。ふざけている。

タバコを買うお金を貯金して、勤勉に仕事をすれば、道が開けるかもしれないのに」

 

正論だ。

仰る通り。

 

でもね。

 

私の旦那には、貧困層の親戚がいる。

彼らは、こぞってタバコを吸う。

幸い仕事があるので、その日食べるものや住む所はあるけれど、余裕は全くない。

子供に誕生日パーティーを開いてやるとか、家族皆でレストランで食事、などという、一般人には普通のことが出来ないレベルの、キツイ生活を送る人達だ。

 

私は長年、前述の友人達と同意見でいた。

ボロボロの洋服を着て駆け回る子供たちを横目で見ながらタバコを吸う彼らを、

口に出しては言わずとも、昔は心の中では軽蔑していたと思う。

 

しかし、彼らとの付き合いも長くなり、それと比例して自身の人生でもやるせないことを沢山経験してきたアラフォーの今は、なんとなく分かるのだ。

 

ポジティブ精神や努力ではどうにもならない嫌なことが、人生にはある。

そして、その嫌な事、というのが、毎日更新されることもある。

 

人生のスタート時点で、既に問題が山積みの環境に生まれてきた彼ら。

学歴もコネも経済力も、人より秀でる美貌や特技も一切持たない。

ハンディが重すぎる。

私達が言う「がんばったから、ちょっと贅沢するか」みたいな息抜きも、一切できない。

自分が止まれば、何もかも止まるだけだ。

泣いて不貞腐れるわけにはいかない。生きなければならない。

そういう生活を1日、また1日と送り、超えていく。こなしていく。

誰のせいでもないので、文句も言えない。

 

出来ることは、自分で自分の気分を変えるだけ...そういうとき。

ふう、とため息をつく。

息だけでは軽すぎて、煙を出したい時が、どれくらいあるのだろう。

 

どんなに切り詰めて努力しても、おそらく生涯、裕福にはなれないであろうことは明確。

しかも最低限の生活を回すために、汗水たらして生きなければならない。

止まることも出来ない。

 

貧困層ではなくとも、日本人にあれだけ愛煙者が多いのは、

若い頃にカッコつける為に何気なく吸ってみて、そのまま中毒になってやめられないという人も少なくないとは思うけれど

その時その時に溜まったうっぷんを晴らしたい、でないとやっていけない、という人がどれだけ多いか、という事でもあるのだと思う。

(ストレス発散には、タバコでなくて、筋トレがいいよ!)

 

タバコは好きではないし、正当化するつもりは一切ない。

明らかに有害物質だし、体にも環境にもいいことなし、なので、

誰にも吸って欲しくはない。

 

でも、それと同時に、少なくとも、

解ったような顔で、タバコを吸う人を攻撃するような言動は、

恐らくもう二度としないだろうと思う。

 

 

 

 

子育ての極意

「僕、大きくなったらスポーツ選手になる」

 

小学生低学年の、息子の言葉だ。

土曜の今日は、練習試合。

嬉しそうに出かけていく。

 

息子は半分外国人なので体が大きく、恵まれていると思う。

運動神経もまあまあ良いほうだし、スタミナもある。

そして、私譲りの、生意気で好戦的な強い性格。

スポーツ選手になれそうな要素、結構あるんじゃないか?と、

自身が元・体育会系のスポーツ好きな親バカは、嬉しくて内心期待してしまう。

 

 

「ま、この年頃の男の子は皆そうだよね」と自分に言い聞かせ、頭を冷やす。

「いいね。じゃ、頑張りな。応援するから」とだけ言っておく。

 

 

子供と自分を一緒くたにして、

子供の人生=自分の人生、とするのは避けたい。

 

 

年がら年中子供のことしか考えず、自分の子供が自分の人生の100%、という親もいるけれど(この国には、多い...)、

そして、それは確かに「愛されているねえ、子供」という印象を与えるけれど、

そして、子供に虐待したり無関心な親よりよっぽどいいけれど...

 

「子供の夢を全力で応援」は、聞こえこそ良いけれど、結局は親の自己満足ではないか、と思ってしまうのだ。

子供が主人公の人生に参加して、脇役のくせにやたら存在感が大きいなんて、うざい。

 

親は、いくつであろうが、自分自身の人生で主人公になることを目指さなくてはいけない。

 

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超一流スポーツ選手の家に生まれた、とかならともかく、

一般人であるうちの場合、子供の夢や目標や計画は、子供自身が抱き、選び、手に入れるのが無難だろうと思う。

 

私は、かなり小さい頃から、本格的にスポーツをしてきた。

高校では全国大会に出場するような強豪チームの一員であったから、どう体を鍛えればよいか、どういう食生活を送るべきか、メンタル・トレーニングのコツ等、息子が必要であれば少なからず協力できると自負している。

子供がその年では考え付かないであろう選択肢に気づかせ、衣食住の環境を整え、励まし、落ち込んだら奮い立たせる、ぐらいはしてやるつもりだ。

 

でも、結果として挫折し、別な道を選んだとしても、

親である私自身は揺らぐことなく「そっか。じゃ、そっちの道で頑張ってね」とあっさり言えるぐらいの余裕を持ちたい。

 

 

息子がプロを目指したいのであれば、目指せばよい。

その為の援助や応援は、惜しまない。

でも、私は自分自身の夢や目標を第一に生きる。

 

 

かなり前から筋トレをしているが、先週はついに、

前から始めたかった戦闘系エアロビのレッスンも追加した。

 

これ、ボクシングや武道の動きを取り入れたエアロビで、物凄いハード。

通常の感覚から言えば、とてもアラフォーの女性がするものではない。

でも、初回で、既に虜になってしまった。

体は悲鳴をあげているけれど、直ぐに慣れるだろう、という感覚がある。

大昔に部活の合宿で夜中まで練習をした、あの感覚だ。

自分を追いつめて、そこから向上する、あの感覚。

まだまだ、いける。

そこには、「母」である自分はいない。

 こうして徐々にトレーニングの域を強めて、アラフィフぐらいになったら、専門家として、体や健康に携わる何かをしたい、というのが私の夢だ。

はっきりいって、私はこのことに夢中で、いい意味で息子の夢に構っている暇はない。

 

そんな私の姿をちっちゃい頃から見ているからか、

もしくは、まだ走れば私のほうが早く、戦えば(遊びですよ)彼を投げ飛ばすことが出き、家でも息子を上にのせて腕立て伏せなどをしているからか、

父親や姉には生意気で反抗的な彼は、私に対しては、どこかしら彼らにはないリスペクトを見せてくれる。

 

「僕、大きくなったらスポーツ選手になる。ママは、僕の専属コーチね」

 

コーチか。

悪くないね。

じゃ、説得力のあるコーチにならねばね。

 

非常にカッコつけマンな言い方で気恥ずかしいけれど、

ガミガミとうるさく言って子供を躾るのではなく、

自分の生き様から、子供が何か感じ取ってくれれば良い、と思っている。

大人の女

 

人間と言うのは、心がけとコツ次第で、面白いぐらい変われる。

 

良く言われることだけど、アラフォー以降の女は、変わる。

 

この力に逆らえず、落ちる人はどんどん落ちて、

外見も中身も、どっぷり「お母ちゃん」や、おばさんや、

若さを諦めきれずに整形や派手な服を捨てられないイタイ人になったり、

逆に、もう女であることを捨ててしまったような、

意識も行動もおじさんっぽい人になってしまう人もいる。

 

 

ところで、私は、

上等な大人の女に近づくべく、意識するべく行動の覚書のようなものを冷蔵庫に貼りつけて、いつも見ている(日本語なので家族は誰も読めないので、恥ずかしくない)。

 

体(筋トレ)、精神(メンタルの筋トレ)、習慣(良い習慣の取り入れ・継続)とともに、周りが私を語るときに、「あの人はこういう人」と形容する項目がこれらであってくれるように...

それぐらい「私」のイメージとしてこれらが自然になるまで、意識して取り入れていこうと思う。

 

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私が自分に応用すべく意識している、理想のアラフォー女...(意識・行動編)

 

1.余裕

ガツガツしない。浮つかない。はしゃがない。ムキにならない。

 

2.言葉遣い

流行り言葉、ヤンキー語、下品な話し方、子供じみた話し方は、卒業。

 

3. 間

1.の応用。

会話がふと止まってしまっても、無理して話したり、受け狙いをしなくていい。

相手の目を見て、狼狽えずに、その沈黙を、色気のある瞬間に変えることが出来るか?

 

4.男性は「男」として尊重

いやらしい意味ではなく、話し相手が男であるときは、誰であっても「男」、そしてそれに対する自分は「女」であることを忘れず、自分という女の華で飾ってあげるぐらいの心意気でいられるか?

 

結構、世の中の女性って、男性を男性として扱ってないような気がするので。

その証拠に、これをすると、大抵、自分も女性として大切に扱ってもらえますよ...

 

5.ポジティブ

かまってちゃんが可愛い「女の子」とはとても言えない歳になりましたからね...(笑)

悩みや問題があれば、落ち着いて考えて理論的に解決に向かうし、

必要であれば誰かに相談もするけれど、

他人のせいにしたり、愚痴を言ったり、ネガティブ思考にハマったりはしない。

 

6.プライベートを必要以上に公にしない。

 

7.自分の目標を明確にし、自分の世界を持つ。

付き合い、は最低限(リアルでも、ソーシャルメディアでもね)。

世間一般に流されない。

空気の良さ、居心地の良さに負けない。

 

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今後、項目はまだまだ増えると思う。

 

10~20代の小娘だったころ、大人の女に憧れた。

体系も美貌もそれなりに維持した、明らかにもう若くない、でも、カッコいい女性。

バーで一人でお酒を飲んでいる姿が様になるような。

人生にちょっと疲れたような、色気のある女、ね(笑)

勿論その雰囲気が出せるのは、内面も大人の女なので、

何の経験もない自分には無理なのは明確で、羨ましかった。

 

無理して黒ずくめの格好をして笑われたり、

年上の男性と付き合ったり、

飲めないお酒を飲んで頑張ったりして、逆にみっともなかったなあ。

 

アラフォーの今、そういうシチュエーションにいても、

「背伸びしている」と笑われることがない、(歳だけでいえば)立場になりつつある。

それなりに、色んな経験もしてきた。

 

うわ!何か、そう考えたら、ワクワクしてきた。

もしかしたら、今すぐは無理だけど、少しずつ、昔なりたかった自分になれるかも。

昔理想だったけど手が届かなかった大人の女性に...

 

その為に日々努力していくのが、この頃、最高の楽しみだ。

 

 

 

 

海外留学は、逃げ?

この間、「中学(または高校・大学)デビュー」という言葉を思い出して、

そういや「海外デビュー」っていうのもあるな、と思った。

 

日本で色々思う事あり疲れてしまった人が

海外に留学なり遊学なりすることを「逃げ」と非難することもあるようだけど

私自身は、「逃げ?大いに結構」と思う。

 

生き方なんて、何度でも変えていい。

周りは笑ったり貶したりするかもしれないけど、それが何?

他人は貴方の人生の責任を負ってはくれない。

 

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独りよがりや、安易な選択、もしくは怠惰は勿論良くないけれど、

色々と自分なりに解決を求めて努力しているのに自分を見失っている人は、

「世界は広い」事実を思い出して。

 

貴方や周りが見ている「常識」っていうのは、

ただ単に、ある一定の地域の固定観念や、

単に先祖がやってきた行動から来る習慣である事実を思い出してほしい。

 

私自身、海外生活は20年以上になるので、

世界は広いな~と思わされた事の例には事欠かない。

その中から1つ、くだらない、でも、非常にわかりやすい例を挙げる。

 

私は冬生まれなので、子供の時、何かダサい(←死語 笑)なあ、と気に入らなかった。

冬生まれというのはなんとなく暗い感じで、夏生まれの、太陽が一杯で明るいカッコいいイメージの同級生が羨ましかった。

(小学生の頃って、ほんと馬鹿なことで悩むんだよね...)

 

それが...南半球のある国を訪れたとき、言われた。

 

「貴方の誕生日って、夏なのね!

バースデーパーティーはビーチサイドでしょう?」

 

は?

「いえいえ、冬生まれですけど」っていう言葉が喉まで出かかったとき、気づいた。

あ、そうか。

ここは、四季がまるっきり逆なんだ。

 

 

「いや、これは冬に生まれてしまった自分の運命で、今更変えられるものではない。仕方ない」とかなんとかいって諦めていたことが、

いともあっさり、夏生まれになってしまったという(笑)

 

 

可笑しいでしょ?

でもね、貴方のその悩みも、こんな感じで、

環境を変えれば、何もしなくても、そもそもこれは問題ではなかった、ってなる可能性は高い。

世界は、自分が勝手に感じていた限界を、軽々超える。

 

 

ずっと同じ場所に留まることで得られることも、勿論ある。

全員が全員日本を出る必要は勿論、ない。

留まる人がいれば、ちょっと外で色々経験してみようかな、という人がいて良し。

私みたいに、何にも考えないでただ何となく出てしまって、

それきり、これまた何となく永住(今のところ)しながらも、

祖国日本を日々思うのもいいんじゃない?

 

 

私は、ブログに自分の思いを綴ることで

海外に出るか悩む人、出た人、出てしまったけど悩んでいる人、また、やっぱり日本に留まることにした人など、ここからの視点をお届けすることで密かに応援しようと思っている。

 

 

日本が好きだ。

世界中のどの国の人より、同胞の日本人に親密感・親近感を感じる。

今、日本が息苦しくてちょっと海外に出てみようかな?と思いながらも、

「逃げ」と非難されている人、がんばれ。

結果的に行くとしても行かないとしても、

流されたり、不貞腐れて堕ちることを選ばず、

「変える・変わる」という選択肢を考えている貴方は、偉い。

 

応援しています。