アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

自己啓発のススメ

「清く・強く・美しく」あるためには、健全なマインドが不可欠だ。

 

外見を筋トレで磨くことも重要だけれど、

中身(マインド)が澱んでいると、瞳が濁るからね。

頭の中もデトックスさせて、良質なものを入れなくてはいけない。

 

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健全なマインド維持の為に、カウンセラーに通うのが珍しくない今日この頃。

家族や友人に負担をかけない為に、専門家・プロに頼るのはいいと思う。

ただ、私は時間的・金銭的に余裕がないし、カウンセラーとの相性ってものもある。

カウンセラーとて同じ人間、万人に向いているとは限らない。

 

身近に、とても優秀で、プロとしても友人としても心から尊敬しているカウンセラーが2,3人いる。

だからカウンセラーが苦手なわけでは決してない。

でも、有難いことに、私にカウンセラーの必要はない。

なぜなら、あくまでも私の場合に限ったことだが、

自己啓発書やブログが、その代わりを果たしてくれているからだ。

 

私は、小学生の頃から、父親の書斎で自己啓発書や実用書を読むのが好きだった。

今は本当に良い時代だ。

気になる自己啓発書は、買わなくてもアマゾンの紹介ページや読書ブログでまとめや目次のタイトルを読むだけで、既にヒントをたくさんもらえる。

自己啓発ブログはそれこそ無限にあるし、いつでも新鮮なものを読める。

 

移動時間を利用して、お気に入りの自己啓発ブログを2,3か所毎日チェックするようにしている。特に、朝の出勤時間。

帰宅時の移動中は、新しいブログを開拓する。

これらのブログが、気持ちをリフレッシュし、新しい気づきをくれ、やる気を高めてくれる。

まるで、パーソナル・アドバイザー、カウンセラー、トレーナー、ヒーラーなどを一気につけたような感覚だ。

 

好きなブログや記事はじっくり読み、合わないと思うものは読まない。

私はクリスチャン(プロテスタント)なので、基本的に「人生の目的がわからない」系の深い悩みはないし、人間関係や経済的な悩みなどもそれなりにマネージ出来ている。

「宇宙の真理」とかを謳うスピリチュアル的なものには興味はないし

「いかに楽して周りを蹴散らして自分だけ一等になるか」などという虚しい成功論にもなびかない。

 

ただ、

「アラフォー以降もキレイで在り続けるには」

「前向きにオシャレに生きるには」

「やりたいことをして豊かに生きる働き方とは」

「仕事で失敗したらどうやって立ち直るか」

などという超・具体的なテーマで効果的なヒントを求めて、

今日も自己啓発ブログを読む。

もう長年、少なくとも10年ぐらいは続けている習慣だ。

 

これだけ自己啓発オタクになると、悟ることがある。

世間には沢山の教材(?)が溢れているけれど

結局は皆、同じことを言っている、と。

その表現の仕方や、実証している分野が違うだけで、

成功する・上手くいく・効率の良いやり方、というのは本当に存在するのよね。

 

どこも似通った当たり前のことを言っている自己啓発書やブログを

いつでもいつまでも訪問して読んでいるのが習慣になっている私みたいなのを

自己啓発ノマデ」等と呼んで、揶揄することもあるらしい。

でも、私は「別にいいじゃない?」と思う派だ。

 

私は、この手のブログを日常的に毎日「摂取(目を通す)」することは

筋トレや歯磨き、サプリや入浴と同じ、と見る。

即ち、人生で一回だけドーンとやれば良しでそれで終わり、ではなく、

毎日毎日、継続的に、習慣化させてこそ意味があるものと見る。

だんだん、その考えや行動パターンが「当たり前」になっていくからね。

そうなったらしめたもの。

私の存在と理想の境目がなくなってくるということだから。

 

大体ね、自己啓発に興味があるということは、人生に前向きである証拠だ。

それだけで喜ばしいじゃない?

 

私のこのブログには、他のブログや本から教わったことが沢山登場する。

自分の心に響いたものを、改めて咀嚼し、吸収し、実感し、また自分なりに発信するようにしている。

例え他の誰にも役に立たないとしても

自分の為に書き起こすことで、更に自分の中に深く浸透する気がするからだ。

 

40からの、Tバック!

アラフォーにして、Tバックを楽しんでいる。

Tバックは、深い(笑)

今日は、そんなTバックについて熱く語ろうと思う。

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母親が「下着はコットンの白」タイプな人だったので、

派手な色やセクシーな服や下着は、子供・ティーン時代には縁がなかった。

自分で服を買い始めた20~30代ではオプションとしてTバックも選べたけれど

一度試した時に履き心地が悪く、それ以来避けていた。

 

そんな私がTバックにハマったキッカケ...それは、筋トレ。

ジムでスクワットをする時のヒップラインが気になり、履いてみた。

そして、鏡に映った自分を見て、ビックリ。

 

ヒップがキレイに見える!

女らしさが100倍増し!

有無を言わせず自分を「女」にする、このセクシー度!

 

これは、アラフォーの今挑戦することに物凄い意味がある。

ブランド物、バーでのお酒、ハイヒール、本物ジュエリー等と同じ論理が、ここでも働く。

「自分の納得する自分」が確立していない女性がこれらのアイテムを使用する時に起こること...

それは、自分よりモノやアイテム、シチュエーションが悪目立ちすることだ。

上から目線で申し訳ないが、日本人女性に多く見られる現象。

服やジュエリーは、自分を引き立てるものだ。自分より目立たせてはいけない。

シチュエーションは、その中に自分が登場するから意味があるのだ。

どんなにオシャレなバーにいても、その中の自分がバーの陰に埋もれては意味がない。

 

素敵な女性がいれば、その辺の道端であろうが砂漠だろうが、全体の空気がキレイになる。というか、背景はどうでもよくなる。

鍛え上げられた体を持つ人は、ジーンズに白シャツだけでもなんともゴージャスになる。顔立ちの良さとか肌のキレイさとかより、もっと迫力あるオーラが出る。

 

これ、本当に本当の、キレイの基本。

 

Tバックを履くには、覚悟がいる。

なぜなら、体系がおばちゃん化して崩れていたら、これほど痛いアイテムはないから。

また、向かうべき方向が間違っていたら(派手なイケイケおばさん?)目も当てられない

だからこそ、Tバックに負けない自分であるよう、自分で自分を律することが出来る。

Tバックが映えるよう、筋トレにも力が入るし、

普段の食生活や思考、身のこなし等全てが「Tバックはいてる女」に相応しい流れになる。

たかがTバック履いているだけでここまで自分を高めることが出来るとは、恐るべし。

 

そして、「Tバックは敷居が高い・履きこなすお尻がない」と嘆いている日本人女性に朗報。

筋トレで、ヒップアップは幾らでも可能(私が実証できます)!

 

そして、筋トレは何歳からでも可能!

私の行くジムには、50~60代?と思われる白髪の女性が数名いるが、そのお尻といったら!

鍛え上げられたしなやかな女性らしい筋肉と、見事なプリケツと

キレイな白髪(特にショートカットの女性がキレイ)のバランスが完璧だ。

お世辞なく、彼女らは周りの20代の女性よりも輝いていて見える。

ウェアが素敵だとか、通うジムがクールだとかの次元ではない。

「彼女らが素敵だ」

 

50代、60代、それ以上になってもTバックを履き続けよーっと!

 

最近の気づき、2点

1.ブログ

 

仕事でミスった記事を投稿したばかりだ。

 

ブログはいい。

客観的に自分を見つめることができるし

その思いや学びを日記にすることができるし

立場や相手を気にしないで、本音が書ける。

 

日記でも同じような効果が得られるけれど、「相手がいない」という点で日記はひたすら孤独だ。

友人に話す?いや、大事な友人達をカウンセラーのように使用する気にはならない。

 

アラフォーが友人と呼ぶ人たちは、恐らく長い人生の間で選ばれた貴重な人達だ。

少なくとも、私の「友人」は4,5人しかいない(あとは知り合い)。

皆、人格・行いともに優れていて、心から尊敬できる人達ばかりだ。

プロとしてそれぞれの分野で活躍する人たちばかりだし、家族もいる。

たまに会ったお茶ついでなら良いが、何かある度に「聞いて、こんなことがあった」等と語り合い、慰め合っている時間はない。

そんな非生産的でグチめいた自分の話ばかりをして、相手の時間を消耗させたくはない。

 

その点ブログは「自分語り」をいくらしようが、構わない。

しかも、あわよくば、似通った境遇の人の目に留まり

その人がこれを読むことによって、何かしら気づきを得てくれたり、気が紛れたり

元気を出してくれるかもしれない。

そうやって、私も何度も、見知らぬ方のブログに助けられ、慰められてきた。

 

ブログはいい。

良い世の中になったものだ。

 

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2.質を上げると、起こること

 

洗剤が切れた。

明日は雨との予報なので、とにかく今すぐに洗濯して今日中に乾かしたい。

いつも買い物をする遠いスーパーではなく、家の前の小さな小売店で買うことにした。

 

そこは選択肢が極端に少なく、殆どの商品が割高で売られていた。

いつも買うメーカーの安物の洗剤にも、なぜだかとても高い値段が付いていた。

これにこんなに払うぐらいなら、隣の一流メーカーのにしよう...

そう結論をつけ、いつもより上等の洗剤を買ってみた。

 

パッケージがしっかりしていて、オシャレだ。

なんとなく、気分も上がる。

勿体ないので(笑)無駄がないように、ちゃんと量を測って使用。

洗いあがった服たちは、別物のようにキレイになった。

いい香りのおまけつき。

 

ああ、これは深い...そう思わずにはいられなかった。

同じようなことが、暮らしの、人生の、一つ一つに当てはまる。

 

時には質なんかに構っていられない時もあるし

質より量、の時もある。

でも、どうでもいいモノだと思うと、扱いや振る舞いが雑になるのは確か。

逆に、上質のものを扱うと、気持ちまで華やかに丁寧になる。

 

だから「上質のものを、大切に普段使いしなさい」という教えに納得だ。

何が何でも高級品を使おう、とは思わないけれど

自分が好きな、納得した、選んだもの数点のみに囲まれた暮らしをしたい。

既に洋服やバッグなどはそうしているけれど

消耗品も日常品も、食べるものでさえも、今後はそういう域に達していきたい。

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仕事で失敗した時

先日、また仕事でミスをした。

 

致命的なものではないけれど、立て続けに、同じようなケアレスミス

落ち着いて考えて行動すれば、十分避けられたものだ。

くだらないミスだが、それでもちゃんと、同僚達に迷惑をかけた。

 

一番迷惑を被った同僚は、騒ぐことなく大人の対処をしてくれた。

が、チャットで来るメッセージの口調に、怒りとあきれが隠せない。

ひたすら謝り、周りにも頭を下げ、ミスの対応に協力してもらい、

継続12時間程の勤務を終えて、一人オフィスを夜に出た。

 

ほろりと涙が出た。

 

まだ、全部対処しきれていない。

どんなに仕事が重要でも、子供を迎えにいかなくてはいけない。

身を切られる思いで、オフィスを後にした。

 

ミスが発覚したとき、自分の情けさに泣きたくなったが、

オフィスでは、絶対に泣くわけにはいかない。

20代の新入社員ならそれも許されるし可愛いが

アラフォーの今は、大人の対応をしなくては恥の上塗りだ。

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仕事で失敗した時の対処法は、

「認め、報告し、解決へと動き、反省し、繰り返さない」のステップを踏むしかない。

長い会社生活の中で、とうの昔に覚えたことだ。

 

会社勤めである限り、どんなに個人ベースの業務でも周りと一緒にやらなくてはいけない。

会社や上司からの評価が下がるのは別に構わないが

同僚に迷惑をかけるのは、いたたまれない。

私のせいで彼らの評価まで下がってしまうので申し訳ない。

 

他にも、ミスが辛い理由がある。

「みっともない自分」を周りにさらさなくてはいけないことだ。

これは、私のような「常にカッコよく、キレイでいること・在ること」を重要視する人間には、結構なストレスとなる。

プライドが高く、自己愛が強いええかっこしいのは大人げないけれど

これがどうでもよくなったら「おばさん化」まっしぐらなのでね。

 

自分は万能ではない。

みっともない部分も、紛れもない自分。

第一、一生懸命やっていたのだ

アラフォー、既婚者で、家族も子供もいる

朝は5時起きで出勤だ

旦那のサポートもしなくてはいけない

週末も、まとまった家事があるので、休めない

しかも、今週は生理で、体調もすこぶる悪かった...

 

駅へと向かう道のりで、今日やってしまったことを振り返る。

エンドレスで、ミスってしまった自分への言い訳が入る。

これも、オフィスでは絶対に言えないことだ。

ミスをした時は、言い訳、責任転換、悪口はご法度だ。

オフィスで意識的に口をつぐんでいただけに、脳内の私はお喋りを止めない。

 

昔は、こういう時は、どーんと落ち込み、自己卑下をし、

その後は食べて飲んで寝て、失敗した時の名言などを読み、

その後すっかり忘れて、また会社に戻ったものだ。

 

でも、今は、違う。

感情を無視しても、後で爆発するだけなので、どうしようもない時は泣く。

ただ、一人でね。

生理中なのだし、いつもよりセンシティブであるのは仕方がない、と自分を許す。

悲しい・苦しい・みっともない...その思いを味わって、嘆くのを許す。

 

そして、とりあえず休む(寝る・食べる)。

 

翌日。

反省はしない。日本人のADNなのか、これ以上反省すると自己卑下に陥るからだ。

気分が落ち込むようなことは、何の役にも立たないどころか

アラフォーの妻・母・同僚・友人が「辛いの!慰めて!」モード全開となるわけで

いい年こいて、手が掛かってうざいだけ。

 

さて、そろそろ涙モードは終了。

今必要なのは、冷静な頭。原因を追究し、やり方を変える前向きな姿勢だ。

昔のように、憂さ晴らしをして、その後けろっと忘れてはいけない。

忘れれば、また同じミスを繰り返すだけだ。

 

ケアレスミスが続くのは、どこかがたるんでいるということだ。

「良い・悪い」や、やる気(一生懸命やるかやらないか)の問題ではない。

悪気はなくて前向きに仕事をしているつもりでも、疲れていたり、整理中でボーっとしている時もあるからだ。

結果が出ない仕事は、どれほど最善を尽くしてやっても意味がない。

ミスを繰り返すということは、どこかでつめが甘い証拠。

つまり、準備とプロセスの仕方を見直す必要がある。

 

私は、約1年前に転職したばかりだ。

今の仕事は私の専門外で、やっている業務内容も、自分のキャパを超えているなあ、と感じることはいつもある。

つまり、チャレンジングな仕事なのだ。

でも、「じゃあ自分に合わないから転職しよう」と逃げはしない。

勿論、不向きな仕事を一生我慢してやるのは人生のムダ、時間の浪費だ。

でも、本当に向いていないのであれば、とっくに上司にその旨を伝えられているだろう。原因は、自分の最善を尽くしていないことだ。

そこそこのレベルで、最低限のタスクをこなせりゃいっか、の姿勢でやっているのだから、そりゃ結果もそれに見合ったもので当然だというものだ。

 

アラフォーの今、気づくことがある。

筋トレもキレイも粋な生き方も、スポーツも仕事も

何だって「結果」を出さなければいけないものには、上手くいくやり方、自然の摂理、法則のようなものがある。

それは、「前向きに一生懸命にやる」では、絶対にない。

だって、今回、私は前向きに一生懸命に仕事をしていたのだ。でも、ミスった。

 

やるべきは、以下3点。

 

1.明確な目標を定め

2.正しいプロセスを理解し

3.(そしてつべこべ言わずに)とにかくやる。

 

今回は、1と2が抜けていた。

更に、おまけ。ついでに覚えておかなくてはいけない心得3点。

 

1.難しい事ではない

2.歯を食いしばって根性でやる必要は全くない(リラックスせよ!)

3.でも、「決して楽ではない」

 

3がポイントだ。

例えば、筋トレ。

週3回ぐらい、昼のランチタイムを利用して通うのは、それほど難しい事ではない。

でも、継続するのは決して楽ではない。

有難いことに、私のもう一つの優先事である筋トレ(ライフワークにしたいので)では、このプロセスをキチンと踏んでいるので結構良い結果が出ている。

 

これからは、仕事も同じような姿勢でやろう。

そのほうが上手くいくだろうし、上手くいけば、楽しいはずだ。

 

結局、することの一つ一つを「なんとなく」しないことが、最終的な成功に繋がるのだ、と再確認できた出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結婚が上手くいく秘訣

国際結婚は、今やちっとも珍しくない。

 

ただ、するのは簡単でも、続けるのは難しいらしい。

2組に1組は、数年で離婚するらしい。

結婚して15年程になる私たち夫婦にも、危機は何度も訪れた。

今でも、ちょっとした言い合いの後に、

余りにもムカついて「脳内離婚」(5分間限定 笑)ということは卒中だ。

 

だけど、結婚を続けるのが難しいのは、

別に相手が外国人だからじゃないような気がする。

日本人カップルだって、育った環境などが違えば、きっと同じだろう。

 

大体、赤の他人が長い間日常生活を共にし

時には「子供」というとんでもなく大事なものを共有することもあり

財産も未来も価値観も分かち合わなきゃいけないのだから

摩擦がないほうがおかしい。

 

いかに合理主義・個人主義が主流となっても

結婚と子育てに関しては、

自分よりも他人を思いやらなくては絶対にうまくいかない。

だからこそ、うまくやるのはとても難しいし

だからこそ、そこから得られる幸せは、言葉では言い表せない醍醐味だ。

 

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さて、うちの場合だけど

旦那と生活する上で、彼のやり方に「ありえない」と怒ることは、余りない。

逆に、「その発想はなかった」と、感心させられるほうが多い。

 

旦那は細かい人で、料理やら子育てやらに常に口を出してくる。

その度に、自分のやり方が否定されるようでムカつくのだけれど

あとで落ち着いて考えてみると、

旦那の考えにはムダやムラはあるが、センスがあることに気づく。

 

私のやり方は、皆さんおなじみ、純・日本の典型的なやつだ。

間違っているとは思わない。

ただ、日本の典型的な考え方は、我慢と努力と女性の良妻賢母化の上に成り立っていることが多い。

 

旦那は細かいことを言うことは言うが、私に完璧を求めることはない。

逆に、家事や母親業がいまいちな私に

時々ため息はつくが(笑)「ま、仕方ない」と言う感じで終わりだ。

 

旦那は、私が「女」でいられるやり方、2人が「夫婦」でいられる案を支持する。

私達夫婦が続いているのは、彼のこの在り方のおかげだといっても過言ではない。

でなければ、エゴが強い甘ったれの私は、厳しい結婚生活・家庭生活に辟易していただろう。

 

例えば、こんな感じだ。

 

うちは共働きで忙しい。

いつもお金が足りないので、時間があれば二人とも働いている。

当然、掃除なども、完璧には出来ない。

ある日、「ベッドの下が猫の毛で一杯だ!」と、旦那が嘆く声がした。

(旦那は激務をこなす傍ら、家事や育児も手伝ってくれます)

「こりゃ週末はゆっくり寝れないな、掃除だな」と思っている矢先、

旦那は、アパートの管理人さんのツテで、週一回来てくれるメイドさんを雇ってきた。

(注 貧富の差が激しい国なので、メイドさんはそれ程高額でもなく、気軽に雇えるのです)

 

「お金がないから働いていて家事が出来ないのに、お金を使って家事をする人を雇うなんて、本末転倒じゃない!私が週末やればいい話でしょ」と怒る私に、彼は言う。

 

「君は家政婦じゃないでしょ。それに、掃除する時間があったら、休みなさい。」

 

 

旦那は、リビングやベッドルームに洗濯物が干してあるのをとても嫌がる。

洗濯スペースへ持っていけ、という。

自分は脱いだ靴をその辺に脱ぎ捨てているのに、だ(笑)

子供のものがリビングに置きっぱなしなのも、嫌がる。

家が狭いので置き場がなく、お風呂場に猫のトイレを置いた時も、眉をしかめた。

 

彼は言う。

 

「リビングはくつろぎの場、ベッドルームは夫婦の寝室。

それぞれの目的に従った、その場にふさわしいものを置いてくれ」

 

始めは、うるさいなあ、と思っていた。

雨の日で洗濯物が乾かず、着るものに困るときもあった。

 

でも、ある知り合いのお宅を訪問した時

通された部屋に、子供の玩具やら裁縫道具やら畳んだ洗濯物やらが置いてあって

それらは決して散らかってはおらず、隅のほうに置いてあっただけなのだけれど

なんかダサいなあ、と思い、気づいた。

 

うちは豪華なものは何もないけれど、何てけじめがある空間なのだろう。

リビングは、いつでもお客を通せる。

バスルームは清潔だ。

ベッドルームは、ムードがある。

いい意味で生活感がなく、そこにいて気持ちいい空間だらけだ。

逆に、キッチンや子供部屋はモノや色彩に溢れ、賑やかで生き生きしている。

 

うちは決して裕福ではない。というより、労働者階級だ。

また、旦那は、スマートなジェントルマンでも何でもない、普通の中年男だ。

そして、毎日の生活は、問題が一杯で正直とても厳しい。

 

それでも

私がアラフォーになっても姫気分で、基本お気楽に過ごしていられるのは

週1のメイドさんと、簡素でもムードある住まいと、

いつまでも女扱いしてくれる旦那のおかげだと思う。

 

うちら夫婦がお手本であるとは、これっきしも思わない。

だいたい、旦那のやり方は時に合理的でないし、利点もみてくれや刹那的な感が否めない。

ただ、その妻である私の最大の趣味・感心事は「キレイ・筋トレ」だ。

それこそ、「みてくれ」そのものではないか(笑)

なんてことはない、この妻にしてこの夫あり...なのだ。

 

それぞれのカップルにとって、それぞれ一番良いやり方というのが

一緒に暮らしていくにつれ、だんだん出来上がっていくものなのだろう。

それがあるから続くのか、続くからそれが出てくるのか

ニワトリか卵か、の問いかけのように、答えは出ない。

 

結婚が上手くいく秘訣など、わからない。

あるとすれば、辞めるという選択肢を持たない覚悟だけだろう。

 

不特定多数・平均になること...興味なし

私は、自他ともに認める筋トレ好きだ。

マニア歴も、結構長い。

 

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自分もマッチョになろうと筋トレを始めたのはアラフォー以降だけど、

「筋肉質で強い女性が好き」(見本として)という思いは、物心ついた時には既にあったし

小学生の頃から、雑誌などを通じた強い筋肉系美人の観察が趣味だった。

 

 

キッカケはなんだったのだろう?と記憶を巡らせてみて、気づいた。

 

ああ、この人だ。

ターミネーター2の、サラ・コナー。

この人を初めて映画で見たとき、感動して身震いした。

「これが私の理想だ」と、神様のお告げのような(笑)感覚を得たのだ。

 

 

この映画が上映されたのは1991年。

同級生が、サラの息子役のエドワード・ファーロングの美少年ぶりにキャーキャー言っていた中で、私だけ、サラの筋肉しかない体や、男性顔負けのマニッシュな行動ぶりに痺れていた。

 

 あれから27年...約30年の月日が経っているのに

サラの写真を今見ると、未だにあの時の感覚が蘇る。

 

やっぱり、これは好きだ。

昔好きだったけれど、今はそんなにピンとこないものも沢山ある。

だからこそ、こういった「昔も今も感覚的にとにかく好き」というものが、

嘘偽りない本当の自分の要素だと、実感している。

 

当時はまだ少女だった私は、サラのようになりたくても、何もできなかった。

でも、今! 既にサラより年上となり、ジョンのような年頃の息子もいる。

「サラごっこ」も、今ならできる(笑)

 

アラフォーになった今、もう自分に嘘はつかない。

サラ・コナーになりきって、今日も筋トレに励む私なのだった。

 

ところで

 

私は主婦歴も長いのに未だに料理の腕がいまいちだし、

職場でも、仕事が遅くて、チーム内業績最低ラインのボーダーをうろちょろしている。

裁縫も編み物も出来ないし

世間一般の大人が持つ常識や一般教養にも欠けてるかもしれない(大いに)...

 

でも、思うのだ。

 

不特定多数になることや、平均になることに、全く興味はない。

そりゃ上に挙げたものは大事です。

家族も子供もいるし、給料貰ってるんだから、やらなきゃいけないことにはそれなりに、真摯に対処するよ?

でも、苦手なモノは苦手。

それをアラフォーの今、克服しようとは思わない。

出来なくても、落ち込まない。

自分の魅力は他にあるのだ(サラ・コナーだけど...笑)。

家族や人様に失礼でない範囲で出来れば良し、としている。

 

こんな私の趣味・嗜好と特技を生かせ、世の為人の為となれることが

必ずあると信じて疑わない。

今は、その方法を模索中だ。

 

ブレるな、シックであれ

 数年前から、会社勤めの不合理さに、限界を感じている。

 

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で、属さなくても稼げる自分になるべく、模索している。

 

うちは旦那がフリーランスなので、

私はどこかに属していない、と社会的に宙ぶらりんになる。

ということで、今は会社勤めをしながら、将来に向けて模索中だ。

 

非常に限られた時間で確実に前進する為には、覚悟がいる。

従来の非効率なやり方は、潔くスパッと改めなくてはいけない。

 

まだちっとも稼ぎに繋がっていないけれど、去年からいくつか試みを始めている。

とにかくウダウダせず、行動することにしている。

 

下記を常に自分に言い聞かせている。

 

1.ブレるな。常に目標(ゴール)を見よ

2.泣き言をいうな、シックであれ

3.「充実している」女であれ

4.動け。6割でいいから、結果を出せ

5.全てに「明るくキレイ」を追求せよ

 

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1.ブレるな。常に目標(ゴール)を見よ

 

この方が完璧にまとめてくれています(↓抜粋)

 

https://twittom/masdaym/status/994562204648161

 私の目下の目標は、この3つだ。

 

1) 家族全員がお金の心配をすることなく明るく暮らせ、1年に一度は日本へ行ける額を稼ぐ(具体的な数字に落とす)

2)場所や時間や歳や体力とは関係なく、今後もずっと稼げるシステムにする

3)ライフワークを確立する(筋トレ、美容、良い生き方系?)

 

毎日の生活には、誘惑が一杯だ。

どうでもいいけれど、楽しいスマホいじりやら友達とのチャットやら。

街で見かけた素敵な服や、美味しそうなもの、生きたい所...

また、同僚や友達のスタイルや流行っていること等、見ていると合わせたくなる。

 

ブレない自分をつくる。

周りがどうあろうと、「あの人はこういう人だ」と思われる、キャラ立ちをせよ。

思考、時間、エネルギー、お金を、優先順位に集中させよ。

無難な普通の一人、になってはいけない。

 

2.泣き言をいうな、シックであれ

 

アラフォーにもなったのに稼ぎがこれしかないとか

生活レベルがこんなで悲しいとか

そんな思想が出るのは、他人が思考の基準になっている証拠。

 

辛いとか苦しいとか、いたずらに感情的になるのは卒業。

女は外側は美しく、でも思考や行動は雄々しくなくてはいけない。

そりゃコンフォートゾーンを出て一歩前に行こうとしているんだから、あたりまえでしょ、苦しいのは。

筋トレだって、楽じゃないよ?

 

ラピュタのドーラさんの名言「泣き言なんかききたかないね。何とかしな」を自分に言い聞かせる。

(この人も強く美しい人です...今度取り上げてテーマにしよう)

 

 

3.「充実している」女であれ

 

忙しい、は禁句だ。

アラフォー女の「バタバタ・カツカツ」は、もはや恥。

目標の為に切磋琢磨し、既婚者・子持ちで仕事をする女が忙しいのは当たり前。

見方を変えれば、世間一般が憧れる仕事も結婚も子供も持つなんて、私はなんて幸せな女なのだろう。愚痴を言っている場合ではない。

 

 

4.動け。6割でいいから、結果を出せ

 

私のようなカッコつけマン(笑)は、やっかいな完璧主義者だ。

ぐちぐちうるさい。完璧に準備が出来ていて、完璧に自分がスマートにできるものでないと、食指が動かない。

カッコ悪い自分がいやなのだ。とても幼稚な考えだ。

 

そんなことを考えていたら、前には進めない。

カッコ悪いのを避けたいのであれば、その分、陰で努力すること。やるべきことをやること。

 

とにかく、結果を出さない机上論・精神論はもういい。動け、自分。

 

 5.全てに「明るくキレイ」をあきらめるな

 

なぜなら、これは私にとって大事だからだ。

 

私は、

料理や裁縫、家事の腕や

仕事ぶりや

学歴や

経済状況や

持ち物などで

私に関する周りの評価が低くても、全く気にならない。

 

でも

  • 美・発するオーラ
  • スタイル・くびれ・筋肉
  • 生き方や思考、スタイル

これらを褒められると、舞い上がってしまう程嬉しい。

 

長年生きてきてわかったことだけれど

これは私の人生のテーマだ、要素だ、基本だ、と思っている。

他のことは必要最低限でもいいから、これらを磨く生き方をすることに集中したい。