アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

反省は、しない。

日本人の同僚が、『最近ストレス気味』と、社内チャットでメッセージを送ってきた。

気分転換になればと、もう一人違う同僚(←非日本人)と一緒にランチに誘った。

 

話を聞けば、上司に何かネガティブなことを言われたらしい。

勤務態度も良く、日頃の仕事レベルも高く、

サービス残業までやって会社の為に真摯に尽くしている人だ。

なのに、『上司の言い分はもっとも。自分はダメ』と言う。

 

『え?それ、悩むとこ?おかしいのは上司でしょ?』

『あ、それ、わかる!』

話を聞いていた外国人の同僚と私が、同時に発した言葉だ。

 

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私を含め、殆どの日本人は、根がとても真面目なのだ。

個人・地域・世代間で多少の差はあるにしても、

そして、もちろん例外もいるけれど、

一般的な日本人の性質は、やはりその真面目さにあると思う。

 

この20年間、この国を訪れる色々な日本人と知り合いになった。

こんな国に来る人達だけあって(失礼!)それぞれ個性豊かだけど

基本的に、皆、相手を尊重する真面目な人ばかり。

礼儀正しく、空気を読み、社会に通じる『暗黙の了解』を理解する。

何か事が上手く運ばなかった時は、まずは自分の行いを省みる。

 

95%自分が正しく、5%相手が悪い時、

自分にも落ち度があることは否めませんが...と言ってしまうのが我々だ。

そりゃそうだ。

和を大事にする日本社会では、権利だけ主張してたら成り立たないもんね。

権利と義務は、ハンバーガーとポテトみたいに、セットになって得られるものだ。

 

良否賛成あるけれど、私はそんな日本人が好きだ。

素晴らしい国民性だと、誇りに思う。

常に戦っていないといけない外国社会は疲れるので

家族といるみたいでホッとするのだ。

 

ただ、1点、問題がある。

自戒も含めて...

日本人は、責任という言葉を重ーく見る。

ゆえに、失敗した時、必要以上に非を感じ、落ち込む傾向がある。

勝手に自分にダメ出ししてしまうんだよね。

よくなかったやり方やプロセスを改善しようという振り返りではなく、

自分という『人間』がダメだ、と落ち込んでしまう。

自己卑下は謙虚とは違う。

絶対にしてはいけない。

 

 

私のような、海外20年在住で鍛えられ、かなりずうずうしく、図太くなった者でも、

自分のミスが明らかになったり、

自分の事や家族内では割り切れても、顧客に迷惑をかけてしまった時など

未だに『責任』という2文字が頭に浮かび、

切腹?』みたいなムードになることがまだある。

 

責任を軽視しない姿勢は褒めるに値するけれど

相手にもそれをがっつり求めるのも、日本人の特徴。

夫婦間で、子供に、同僚に、会社に、社会に...

そうするとお互い完璧主義に陥り、

もう日常生活は精神が張り詰めて、パリパリになる。

毎日の目標が、ミスなくそつなく過ごす、になってしまう。

失敗できない、迷惑は絶対にかけてはいけない、となると、人間と関わるのが重荷になる。

 

 

それではいけない。

第一、美容によくない。

女性は、明るく、穏やかに、幸せにあるとき、キレイさが10倍増しになる。

現に、同僚の日本人は、本来とても可愛らしい人なのに、

その感じる責任の重さに辟易し、とても疲れた顔をしていた。

実年齢より5歳、いや、10歳ぐらい老けて見えていた。

 

 自分の気持ちは、周りの状況がつくるのではない。

それを、自分がどう感じるか、で決まるのだ。

責任の重さの程度は、自分がそれをどう受け止めるか、で決まる。

自分でコントロールできるのだ。

勿論、自分のやるべきことはキチンとこなすことが前提だけど

必要以上に責任を重く感じてブスになっても(笑)、誰も報われない。

 

だから、日本人女性の皆さん...

失敗をしても、反省する必要はない。

大丈夫...無責任になれ、と言っているのではない。

だって、何かやらかしてしまったとき

我々には、瞬時に『脳内一人反省会』をする能力がもうついている。

一瞬で、自分の非を認め、申し訳なかった、と感じる謙虚さがある。

なので、また改めて反省をする必要は全くない。

 

やるべきことは、

今回うまくいかなかったのは何か、という振り返り。

そして、

次回は成功させよーっと、という前向きな気持ちだ。

 

そして

 

筋トレして(笑)

シャワー浴びて

キレイに装って

美味しいもの食べて

この経験を昇華させて更に輝かせる、ぐらいの心意気でいよう。

で、『ふふん♪』とキャットウォークで街中を闊歩して欲しい(笑)。

 

そういう粋な日本人女性が、もっと増えて欲しい。

体はいつも自分と一緒。では...

 

キレイになりたい

自信を持ちたい

前向きに生きたい

...

 

そういう人には、何よりも筋トレをおすすめする。

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私は『筋トレ社長』さんのファンだ。

彼のモットー『人生の悩みは、筋トレで解決する』に、共感する。

私自身の人生でも、実践済みだ。

 

まず、筋トレは、愚直にやってれば全員にもれなく結果が出る。

あ、ちゃんとしたフォームでやること前提ね。下手にするとケガします...

 

これ、『真面目でコツコツ』が得意な我々日本人には、ありがたい。

報われる感、が、たまらない。

今は、短時間で効果的に成果を出すコツやテクニックが研究しまくられていて、

しかもそれらの情報がお手軽に入る...

『真面目にコツコツ』は時代遅れの感に囚われる現在には、涙モノのありがたさだ。

幾ら時代が変わっても、不変かつ普遍の事実は存在する。

 

 

そして、もう一つ。

それは、私たちは、各々『自分(体)』とは、離れて生きることが出来ない、という

なんか哲学的な響きになってしまったけれど、超あたりまえ・簡単な事実だ。

筋トレで鍛えられたカッコいい体は、絶対にいつも自分と一緒、ということ。

 

ということは、

知性・教養や(大事だけど)服や車やモノや連れ人や所属先にこだわらなくても

『あなた』という存在(見た目ね)そのものが筋トレで改良されると

何もしなくても、何もなくても、一人でも

キレイに、または、カッコよくなれるのだ。

なんたる効率の良さ!

 

もうバスに乗ろうが病気であろうが納豆食べようが(笑)

白シャツにジーンズ、スニーカーでノーメイクでも

または、寝起きのぼさぼさ髪の姿でも

周りの人にはキレイだと思われ

自分でも『自分、いい感じ』と思える

これ、凄くない?

 

 

必死に勉強をして教養を身に付け(大事なことですがね)

沢山の資格をとり

誰もが羨む一流企業で高給取り

エレガントにオシャレをして

カッコいい車に乗り

スペックの高い人をパートナーにして

可愛らしい子宝にも恵まれ

などという人がいたとする

 

外見(体)を磨かなくても

自信やカッコよさ、というのは、こんな感じで経済的・精神的な成長からも大いに得られる

 

だけど

 

内面・知識の向上は、残念ながら、外からは見えにくい(自分には、もっと見えない)

資格や会社での活躍は、他の人から見ればなんてことないものかもしれないし

第一、得られるのには相当の努力と犠牲が必須。

シックな服も、プールや温泉に入るには、脱がなくてはいけない

どんなにカッコいい車で乗り付けても、レストランに入るときは、車から降りる。

住んでいる家がどんなに豪華でも、家から出れば、他人の目に映るのは自分のみだ。

まして、パートナーや家族は、他の人間。一人になれば、あなたはあなた。

 

それに加えて、筋トレは簡単・確実。

やった報酬は全て自分に来るし、

他人も自分も、その進歩に否応なく気づく。

認められる。

それが、紛れもない自信となる。

そして、その自信が、鍛えられた体に、一層の輝きを与える。

これを経験すると、人は変わる。

人生は本当に前向きに進めることが出来るのだ、と信じられるようになる。

 

筋トレは、正義だ(by 筋トレ社長様)

 

私は外国に住んで長くなるが(20年以上)

日本の外にいると、冷静に、我々『日本人』について観察が出来る。

 

私の感想... 日本人は、外見的にもっとキレイになれるし、なるべきだと思う。

内面やモノの充実も素晴らしいが、日本人は平均的に、それらはもうかなりクリアしているから。

 

じゃ、あんたはさぞかしおキレイなんでしょうね?と言われると苦笑いですが(笑)

でも、筋トレを欠かさないカラダには、結構自信があるよ?

他人を見下したり他人と比べたりするのではない、自分だけの静かな充実感だ。

本当に謙虚な気持ちで、外見のことや気持ちの持ち方でストレスを抱え、悩み苦しんでいる日本人に

何か気づきを与えることが出来たら、と思っている。

 

 

バーチャルの世界の自分をカッコよくすることに専念しても

ご飯を食べ、買い物に出る時に使う体は自分のものだ。

自分に付きまとい、絶対に離れられないのだったら、こっちをどうにか良くしたほうが絶対に効率がいい。

生身の自分が少しでもよくなると、リア充どころではない、人生が激変する。

断言する。

 

今後、日本人に筋トレ文化を浸透させる啓蒙活動に関わっていきたいなあ、と思う今日この頃でした。

好きなこと最優先、とダイエットの関連性

私は今までの人生で、本格的なダイエットをしたことはない。

 

子供の頃からずっとハードな運動をしてきたので、

いくら食べてもそれ以上のカロリーを消費してきたからか

太って困ったことは、余りなかった。

 

でも...

この国に来た初めの頃、あっという間に5キロ増えたことがあった。

で、その後、あることがきっかけで、気づいたら、また前の体重に戻っていた。

 

 

これは、私の超・個人的な、且つ大変お気楽な体験だ。

なので、真摯に肥満と戦っている方々には申し訳ないが、役に立たないかもしれない。

でも、色々なダイエット法に挫折してる方や、

人生のあれこれに行き詰っている方の、ちょっと違った考え方のきっかけになるかもしれない...ということで、書いてみることにする。

 

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結論をはじめに言ってしまうと(ってか、題名に既にあるけど)

好きな事を人生の最優先にして生きると、

生き方が自分らしくなり、無理がなくなる。

で、心も体もすっきり・スリムになると思うのだ。

 

『好きな事を最優先にする』と考えると、何か悪いことをしているみたいな罪悪感が出るのは何故か...

それは恐らく、『義務を放棄して快楽のみを追求する』という負のイメージがあるからだろう。

 

大丈夫です。

そうじゃない。

 

好きな事っていっても、『寝る』『ただ単に食べる』『働かないでぐーたら』とかじゃない。

勿論、反社会的行動でもない。

 

良く言われるのが、10億円持ってて働く必要がなくても、報酬が一円も出なくても、それをするために朝は起きよう、動こう、という原動力が出るもの...それが、本当の、本質的な、貴方の好きな事。

 

分かりやすいのが、『ゲームをする』とか『お菓子作り』とかかな?

変わったものもあると思う...『美人観察』とかね(←私です 笑)

 

具体的なアクションじゃなくても、ただ単に『猫が好き』とか、『苗字の由来に興味がある』とか。

 

余り改まって考えてみることってないと思うけど

人の興味はそれぞれ。

ある人にとってはどーでもいいことが、他の人には最大の感心事である、という事実。

 

貴方に何か好きなことがあるのなら、それは神様から与えられた特権・役目だ。

『好きな事=自分が人生の中で与えらた役割』と捉えて、自分がそれをすることで社会が、世界が、世の中が成り立ち、回るのだ、と捉えてみればいい。

それをする為に貴方は生まれてきた、と。

 

それをしないと、人間の古来からの質問「何のために私は存在しているのだろう?」という物足りなさを感じるに決まっている。

 

で、ダイエットの話に戻るのだけれど...

私は、人生の中で、何か物足りなさを感じた時に太った

 

うん、良く聞くフレーズじゃないですか?

その物足りなさを、胃を満たすことでやり過ごしていたのかな?

特に大食いしていたわけでも、運動不足だったわけでもないのに...

そのメカニズムは良くわからないが、恐らく暇だったので、無意識に

『今日何食べようかな』など、『食う・寝る』に興味が向いていて

結果的に、必要以上に食べて寝ていたのだろう。

 

そして、痩せたキッカケ。

それは、人生の中でやるべきことが出来た時だ。

「好きなことに夢中になっている間に、(いつの間にか)痩せた」

 

これも、別に忙しくて食べなかった、とかではないのだ。

人生に充実感を感じていた時、私は自然に痩せていた。

恐らく、生活のリズムが整い、『食べる・寝る』以外のことに集中した結果、

食べること等は、人生における感心事ではなくなったのだろう。

 

 

この国に移り住んでしばらく、私は田舎に住んでいた。

ド・田舎だ。

ある家族の家に、ホームステイさせてもらっていた。

何もすることがないので、ずっと家にいた。

 

日差しが余りにも強く、昼間は出歩けない。

特に何かをしようと言う人生の目的もない。

適当に起きて、食べて、本でも読んで家事をして、寝て、などのゆるーい生活をしていたら、あっという間に5キロ太った。

(てか、当たり前です)

 

その後、流石にこれじゃ時間の無駄だという事で、何かしなくては、と思った。

何しろ言葉がわからないので、勉強も仕事も出来ない。

聴講生として、地元の高校の夜学に参加させてもらうことにした。

 

行ってみればなかなか面白く、毎晩せっせと通った。

自然と家にいる時間が減り、そのうち友達もできて、外出することも多くなってきた。

外出、といっても超・田舎なので、

することといっては、誰かのうちでお茶、が殆どだったけど(笑)

 

5キロオーバーの体重はそのままだったけど、それ以上になることはなかった。

 

その後、日常生活が営めるぐらいのレベルまで現地語を習得した時、

都会に引っ越すことにした。

この地方では、外国人が通えるような学校はなかったので

学校に正式に入学して、何か専門的に勉強したい、と思ったからだ。

 

 

そして、首都に来る。

こちらでは、あっという間に仕事が見つかり、

学校も見つかり、住む場所も見つかった。

人がいる。店がある。出かける場所がある。やることが沢山!

今思えば、ようやく私が『するべきこと』が人生の中で見え始めたのが、この頃。

 

その後、筋トレとめぐり合い(♡)

自分の好みや得意分野、ライフワーク等がハッキリとするなか

気づいたら、ダイエットやストレスとは無縁の生活を送れている。

 

そりゃ、人並みの疲れや悩みはありますよ?

そして、ここまで来るのに、結構な試行錯誤もしたし、

今だって、好きな事だけして生計が成り立っているわけではない。

でも、それに向かって前進している感、があるのだ。

これがあるとね、人生肯定感が出るので、自分で自分にOKが出る。

 

同じダイエットをしても、

『太ってる、これじゃだめだ、痩せよう』ではなく

『いいんじゃない、自分?でも、痩せたらもっといいかも!』となる。

同じダイエットでも、何か違うと思わない?

 

ダイエットを試みている方は、是非好きな事を沢山して欲しい。

お試しあれ。

 

 

キャンプとキレイの関係

連休を利用して、家族でキャンプに行ってきた。

 

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私はかつて、キャンプやアウトドアが苦手だった。

ジャズがかかる空間、オシャレな大人が行きかう、高級ホテルのレストランやバー...

そういう場所がかつての職場であり、また、私が何よりも好む世界だった。

その対極にあるものがキャンプだと思い、自分とは縁のないものだと思っていた。

 

キャンプでは、入浴もままならない。

お肌の手入れやらお化粧やらには、快適なバスルームが不可欠なのに、それがない。

虫もいるし、ヒールを脱いでスニーカーでいなきゃいけないし、オシャレとは程遠い。

キャンプとは、いつも綺麗でいたい女性が行くところではない、と思っていた。

 

 

キャンプは余り好きではないという事実は、実は今でも変わらない。

ただ、180度変わったものがある。

私の、見方・在り方だ。

 

 

私の旦那は、堅実で、無駄な出費は一切したくないタイプの人間だ。

たまの休みに出かけるとしたら、高いホテルの宿泊代を払うより、経済的に、かつ非日常を楽しみたい、と常に言う。

また、キャンプを張ったり、自然の中でバーベキューをしたりする為の、膨大な準備や後片付けのもろもろを、面倒くさがるということをしない。

何もかも全部彼がやってくれるので、じゃあそれならいいか、と、

かくして、彼と一緒になってからは、常にという訳ではないけれど

キャンプやアウトドアにちょくちょく出るようになった。

 

日本のバブル期の恩恵にあずかり、(当時の日本の平均的な)贅沢を楽しんできた20代の私。周りもそうだったし、雑誌の特集でもそうだし、という感じで、ブランド物の基礎化粧品やらなにやら、お手入れ用品を使用するのがその当時の日課だった。

逆に、それがないと、外行きの自分が作れないので、大変だった。

ゆえに、キャンプで1泊するだけでも、シャンプー、リンス、トリートメント、洗顔ジェル、石鹸、乳液、クリーム、保湿クリーム、目元クリーム......などなど、スーツケース1つほどの大袈裟な身の回り品を持って行き、当時は彼氏だった旦那にあきられたものだ。

 

それが、筋トレをするようになり、小手先テクではないオシャレや本質をついたキレイを追求していく中で、「キレイであるとはどういうことか」に対する自分の概念が出来上がるにつれて、持ち物や考え方が変わっていったのだ。

 

筋トレをすると、まず服や装飾品より、体そのものがなによりの見世物(かざり)となる。

だから、オシャレな服やら靴やらアクセがいらなくなる。

また、健康志向になるので、食生活が変わり、肌の調子が良くなる。

そうすると、下手にお化粧でごまかさなくても、マスカラ1つでも塗れば、生き生きした印象になる。

そうなると、クリームやらなんやらも、必要なくなる。

つまり、モノに頼らなくてもOKな自分になれるのだ。

 

 

キャンプではお化粧はないので、

基本的に、夜寝る前の洗顔は無用だ。

日中日焼け止めをたっぷり塗ったので、シャワーを浴びる、というときも

シャンプー&リンス、石鹸、ニベアの青缶だけで済む。

いつの間にか、石鹸で顔を洗っても大丈夫な肌になったからだ。

昔は、「敏感肌」だと信じて疑わず

高いブランド物の洗顔フォームを使用していた。

ニベアの青缶は、髪にも顔にも体にも、リップにも使用する。

それでも、20代の頃より断然今の肌のほうが調子がいい。

 

無駄な肉がなく、筋肉があり、健康的な肌

体にフィットした上質なシャツとジーンズ、粋なスニーカーと

カッコいいトレーナー

これだけで、というか、これさえあれば、

クリームを5つ塗らなくても、お化粧しなくても、

ごてごてした飾りがなくても、とてもスタイリッシュにキレイになれる。

 

これに気づいてからというもの、

キャンプというものへの私の印象は、全く違うものになった。

 

日々の都会の生活の中で、化粧品やら装飾品やらの数がいつの間にか増えていく中

時々キャンプに出て、粗食(?)とシンプルライフで、心も体も余分なものをそぎ落とすようにするのが、最近は結構楽しみになってきている。

 

 

 

 

 

 

全体の印象

美のカリスマ氏のブログに、「人の目に美しく映りたかったら、細部よりも全体像に注意すべき」とあった。

 

その通り!

 

日本人は、細部に敏感だよね。

ネイルアート、趣味の良いアクセサリー、完璧に描かれた眉毛。

同胞として大変誇りに思う。

 

でも、悲しいかな、そんなにセンスがいいのに

道端で、見惚れてしまう程インパクトを与えてくれる日本人女性に会えることは、余りない。

大体、ネイルアートも綺麗な眉毛も、相当接近しないと見えないしねえ。

 

よく、男性受けが良いネイルアートとかを話題にしているサイトを見るけれど

そんなものどうでもいいと思ってる男性が、実際は90%ぐらいじゃない?

キレイに施したネイルなんかより、胸とお尻が程よくあって痩せてもデブでもない体、長い髪、にこやかな笑顔、なんかの王道のほうが、男性受けはいいに決まってる。

その本題をすり抜けて、細部ばかりを気にしても(キレイに見える、という目的の前には)意味がない、ということだ。

 

 

全体像というと、ボディーラインを崩さないこともそうだけど、服やバッグ、靴などのコーディネートも欠かせない。

このことを考えさせられる人に、今日帰宅時に会った。

 

ダウンタウンの、オフィス街。駅に向かう道。

男性も女性も40半ば風の、大人のカップルが、帰宅途中の私の前を歩いていた。

いかにもやり手な感じの、カッコいい中年の男性はスーツ姿。完璧。

 

さて、問題は連れの女性。

彼女も、キャリアウーマン風の、シックな色のタイトスカートのスーツで決めている。

金髪で、痩せても太ってもいない、長身の彼女。

男性の腕を組み、嬉しそうに話しかける。

「大人のエレガントなカップル」になれそうな二人。

 

それを台無しにする、非常に残念な女性のアイテムが私の目を引いた。

彼女が背中に背負った、ピンクやら黄色やらがゴタゴタ混ざった色の、安っぽいリュックサックだ。

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なぜにリュック?

 

いや、お昼にジムに行ったのは、わかるよ?

うん、それは良しとする(私も行くし)。

でも、ティーンエイジャーが使うようなチャラいリュックは、うちらの年齢の女がスーツで決めている時、特に、男性と二人きりで歩くときは、ダメ絶対!

ここはシックなスポーツバッグか

小娘では買えない・使いこなせない、って感じの、上質なリュックにしてほしかったなあ...

で、重いだろうけど

両腕を入れて、ランドセルみたいに背負っちゃ、もうキレイも色気もへったくれもない。

 

私は彼らの1.5メートルぐらい後ろを歩いていたけれど

ハッキリ言って、そのリュックさえなければ、彼女はかなりいい女の類に見えただろう。

彼女のお化粧の濃さとか、アクセサリーとか、そんなものは1mも離れればもはや見えない。

それよりなにより、そのリュックのせいで、彼女の全体像は台無しだった。

 

 

 私は40を過ぎてから、潔く、20代の頃から使ってきている安物のバッグや

いかにもギャルっぽい服

好きだけど崩して古くなった靴などは、処分することにした。

 気持ちは若いとはいえ(笑)、肌の艶や体のラインや雰囲気が20代の頃とは全然違う今、それらのものを見に着けていると、やはり何かがおかしいのだ。

 

ここで絶対に意味を取り違えてはいけないのは、地味になる必要はないってこと。

シンプル・イズ・ベストにならないことだ。

 

何が似合うか似合わないか...

ネットでも本でもいいから研究したり

プロの定員さんに助言を求めたりして

鏡の前であれこれ試してみるといいね。

 

私が個人的に嬉しいのは

小娘時代に背伸びしてると見られたことが、今なら逆に、粋に、サマになることだ。

例えば、ジーンズに赤いハイヒール、赤いネイル。

例えば、日焼けした肌に(私は自黒ですが 笑)金髪に近い髪(上品にお手入れされていることが必須)と金のアクセサリー。

ブランド物の、皮のバッグ。

誰でも、40過ぎれば、苦労の一つや二つはしてきている。

経験豊富なアラフォーの研ぎ澄まされた顔や雰囲気は、これらのアイテムの重さにもはや負けない。

 

アラフォーの皆さん、嘆いている場合じゃない。

これからは、マダムっぽいゴージャス&シックなオシャレにも、大いに挑戦できる歳ですよ。

マダムっぽくしても、どっぷりマダムになるには、40代の肌はまだまだ若い。

そのギャップが、とてもいい塩梅なのが今の時期じゃないかな?

楽しもう!

 

松竹梅千秋、という女(有閑倶楽部)

有閑倶楽部、の原作漫画を見たことある?

じゃ、きっと私と同世代か、その上だね(笑)

 

少女漫画である「有閑倶楽部」が何年か前にドラマ化されて、反響を呼んだニュースをネットで見たけれど、別に見ようとは思わなかった。

ドラマ化が嫌いなわけではないけれど、

私の中の「有閑倶楽部の世界」が壊されるのが嫌なのだ。

あの一条ゆかり先生の画風でもってこそ、奏でられる世界であると思っている。

 

有閑倶楽部は、当時大好きだった漫画だ。

あの頃小学生(?)だった自分は、余り深く考えずに、ただ単にストーリーを楽しんでいたかな、と思う。

でも、アラフォーで母となった今は、有閑倶楽部メンバー6人の親たちに興味が行く。

 

昔から好きで憧れてて、

今読み返してみてもやっぱり魅了されるのは、

ドラマ版では主人公となっている、松竹梅魅録の母、千秋さんだ。

 

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☝千秋さんのイメージ(笑)

 

以下、Wikipediaより

有閑倶楽部 - Wikipedia

松竹梅 千秋(しょうちくばい ちあき)魅録の母。

性格も容姿も若々しく、旦那の時宗も「時宗ちゃん」と呼んでいる。実の息子である魅録にも「千秋さん」と呼ばせているが年齢は「若く見えるが40歳はとうに過ぎてる」との事。元華族・和貴泉(わきいずみ)家令嬢。「和貴泉倶楽部」という海外リゾート開発事業に携わっており、そのため海外で過ごす事が多く、日本に滞在しているのは稀である。時宗からは初対面時売春婦と勘違いされた。その後、自分に一目惚れした時宗にストーキングされている内に気に入ったようでプロポーズを受ける。お互いに「ちゃん付けで呼ぶ」ようにし、誕生日には、抱えきれないほどの花束を持って逢いに来ないと離婚すると時宗に言っているが、ただし誕生日の終わる一分前に来てもセーフでありそれで離婚を免れたことがある、またその時は本物の花ではなくケーキのデコレーションが花束になっていたためOKを出している。なお魅録の性格は彼女からの影響が強い。ちなみに魅録が女装したところ彼女に似ていたことで軽くショックを受けていた。万作は彼女のことを百合子とは違うベクトルで怖い人と称している。

 

この中の、「性格も容姿も若々しく」「若く見えるが、40歳はとうに過ぎている」が、彼女を語る上では欠かせない要素だ。

この漫画が出た1980年代当時は、まだこういう女性は珍しかっただろう。

子供のいる40代は完璧中年、エプロン付けたお母さん、が普通だったからね。

私自身の母親は、世間一般の母親とはかなり違った人だったが

千秋さんタイプ(つまり、幾つになっても女として現役、というタイプ)ではなかった。

それだけに、憧れて、

以降、寺田恵子さんや夏木マリさん同様

目標とする女性の(イメージや生き方、心意気、と言う意味で)の一人になってきた。

 

ところで、この千秋さん。

アラフォーママが具体的に学べる要素が、沢山あることに気づいた。

 

1.まずは自分(自分の人生において、やることがある)

2.幾つになっても、女である(容姿維持のための努力を怠らない。はい、基本ですね)

3. 子供にうるさくしない(でも、必要な時にはいる)

4.旦那にも干渉しない(でも、お互いアツアツ)

5.余裕がある。自分で何もかも背負い込まない。自分が不得意・やらなくても済むことは、他人に任せる(お手伝いさん・乳母さんがいる)。その代わり、自分は自分のやるべき責任を果たす(千秋さんの場合は、ビジネス)

 

どう?

見た目は、エプロン付けてお料理上手で良妻賢母、でも、

いつもせかせか、バタバタで

旦那や子供にガミガミ、うんざりで、

なんで自分の人生こんななんだろ、と不満ばっかりで

そのはけ口に、密かに不倫とかしてしまっている女より

 

見た目は「妻・母親としてどうなの?」でも

ゆったり毅然としていて、口数は少ないけれどイイ女

千秋さんのほうが10000倍、良妻賢母じゃない?

 

実際(漫画だけど)、千秋さんの旦那さんは、千秋さんにベタぼれだ。

高校生の息子がいる、熟年カップルですよ?

で、イケメンでちょっと不良がかった

息子の魅録君も、千秋さんには頭が上がらない。

口には出さなくとも、その筋の通った生き方を尊敬し、

いつまでたっても母親が綺麗であることを、照れながらも誇りに思っているのだろう。

 

ネットの情報なのでどこまで本当だかは知らないけれど

一条ゆかり先生は、有閑倶楽部のドラマ化の際

千秋さんは是非夏木マリさんで、とお願いしたそうだ。

結局、スケジュール上都合が合わずに秋吉久美子さんになったらしい。

 

夏木マリさん希望、というところで、にやりとした。

そうですよ、先生。そのとおり。

千秋さんを現実世界でやれるのは、恐らく彼女しかいない。

 

千秋さんは、秋吉さんのような、年齢不詳のほんわか美人(注 褒め言葉ですよ)ではない。

千秋さんのあの顔、あの目...「元ヤンキーねーちゃん」ですよ。

あの強い目は、ヤンキーとか、それ相応の人生(別にグレてなくてもそういう人生経験ってあるでしょ)の修羅場をくぐり、人生のあれこれを知っている人の目。

 

しかも、ただのつっぱりねーちゃんではないのだ。

酸いも甘いも嚙み分けた、というか。

華族出身、凄腕キャリアウーマン...これらの要素も入れなくてはならないし

しかも、彼女はお色気路線ではない。

そんな軽いものは超越している(だから、杉本彩氏も、千秋さんキャストには向かない)。

 

家庭円満(清く)

腹のすわった人間性(強く)

衰えない美貌(美しく)

 

はい、3拍子揃いました。

松竹梅千秋さん...貴方は確実に、今後も私の目標とする女性の一人です。

 

ジムの更衣室

毎日、ランチタイムに、会社の近くのジムに行く。

 

この時間の筋トレクラスは、近所のOLさんで一杯になる。

恐らくこの国で1,2を争う、有名なチェーン系列のジムだけあって、

優秀なトレーナが揃い、清潔で、オシャレ、と3拍子揃っている。

若くて意識高い系の人達に、大変人気があるのだ。

 

有難いことに、社員の健康維持を推進している会社から補助金が出るので、私は割引で入会しているけれど、それでも差額を自腹で払っている。結構な額だ。

でも、何もしなければ衰えていくのみのアラフォーの体にとって、筋トレは義務。

まして、私の場合は、筋トレはライフワークでもあるので、この投資は必須だ。

 

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さて、そんな意識高い系の20~30代の女性で一気ににぎわう、クラス後の更衣室。

ここでの、ちょっとマニアックな(笑)、私のひそかな楽しみは

意識高い女子の持ち物や、服や、シャワーを浴びて着替える間の習慣を見て、

たるみがちな、自分の「女」としての在り方や美意識を調整することだ。

 

まだ何もしなくても体系が崩れない華の20~30代なのに

わざわざお昼に、しかもこんな高いジムに来るような女の子達。

彼女たちは、大抵、美意識がとんでもなく高い。

美人さんが圧倒的に多い。

持ち物も、洗練されている。

(日本人は皆が皆持ち物や服装にこだわるし、センスがいい人が多いけれど

この国ではそんな余裕がないのか、キレイなのに持ち物や服装が残念!っていう人が大勢)

 

有名どころのブランドシャンプー、濡れた髪をつつむピンクの上質なタオル、

上下そろった、オシャレな下着...

ウェアやシューズも最先端のものだし、センスのいい色で揃えている。

 

そして、ちゃんと女として、やるべきことをやっている。

シャワーの後は、かかとがかさつかないようにクリームをたっぷり塗り、

香水をかけ、キチンとお化粧をし、

ペディキュアが、真冬でもキレイに施されている。

 

そういう彼女たちを、ただ見ているだけで

同じ空間にいるだけで

たとえ自分のものは、彼女達のような一流品・ブランド物でなくとも

かかとにクリームを塗る、とか

あれ、ペディキュアが剥げている、恥ずかしい、とか

そういう感覚を忘れずにいられる。

 

勿論、私が密かに影響を受け、感化されているなんて、

彼女たちは想像もしないだろう。

自分のシャワーと着替えを済ませる間に、(横目で 笑)たっぷりと彼女たちを観察する。

毎回、更衣室を出る時には、自分までなんだか洗練された気分だ。

 

銭湯や温泉のない外国では、

他人のこんなプライベートな状況は、ジムの更衣室でもなければ絶対に見ることが出来ない。

女は、結婚して、子供もでき、アラフォーぐらいになると、一気に所帯じみてくるか、

または、子供の世話に明け暮れて、自分のことは二の次になりがちだ。

下着なんて見せる人は長年連れ添った旦那しかいないし(笑)

香水なんてつけなくたって、誰も困らないし、大した意味もない。

なーんて、どんどん落ちていくのだ。

昔は当たり前だった細部へのこだわりは、気を付けないと、あれよあれよと消えていく。

 

更衣室で彼女たちと共にいる自分が、余りにも場違いで恥ずかしく、

普段使いで使用しているモノが、余りにも所帯じみてみすぼらしくなったら終わりだ、と、自分に課している。

 

高いお金を払って、イメージ・アドバイザーの講義を受けているのと同じ効果があるかもしれない。

なんとも、ありがたい場所だ。