アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

美尻と筋トレと生き方と

筋トレ好きな私。

毎日筋トレをしているので、一般のアジア系女性よりは筋肉質でくびれもあると自負している。

しかし、長年挽回できない大きな壁、即ち、コンプレックスがある。

ぺったんこの、お尻だ。

 

私の目標はビヨンセのような美尻だが(←え?笑)

お尻と言うのは生まれつきの骨盤位置や脂肪のつき方が大いに関係しているので、

いかに努力をしても、まあ普通の日本人女性がビヨンセになれないのは分かっている。

 

しかし...

例えビヨンセになれなくとも、自分なりの美尻は得られるはずだ。

他人軸ではない、自分軸の最高の自分には、誰でもなれる。

その可能性は、平等だ。

 

お昼に行く女子の筋トレクラスは、和気あいあいと楽しい。

そして、全体の筋肉をもれなく使えるので、体をたるませない効果としては抜群だ。

ヒップアップ用のトレーニングも勿論あり、確かに私のペタンコも、前と比べたら少しはましになった。

 

しかし、このままこのぬるま湯で続けていても、今以上の成果は望めない。

あくまでも、ここはOLさん達が無理なく続けられるための筋トレクラスなのだ。

これ以上ここで同じトレーニングを続けていても、私が理想とするボディ、即ちプリッとして女らしい丸いお尻には、たどり着けない。

自分が目指す最高の自分にはなれない。

 

また、私は、将来的に筋トレをライフワークとしたいと真剣に考えている。

コンフォートゾーンで筋トレを「なんとなく・楽しく」やるだけの時期はもう終わりなのでは?と思うことが最近多くなった。

次のステップに行く時ではないのか?

ブログでその思いを綴るのみでなく、そろそろ具体的な行動に移る時では?

 

私がライフワークとして今後の人生でやりたいこと...

 

それは、筋トレ(フィットネス)を通じた、前向きな生き方の啓蒙活動だ。

ルックスのコンプレックスは勿論、人生における悩みの殆どは、筋トレで培う精神力や体力などでそのかなりを和らげることが出来ると確信している。

(あの有名な、筋トレ社長さんの仰る通り...)

それを、その癒しなり元気なりを必要としている人達が得られるキッカケとなりたいのだ。

長年、くだらなくも辛いコンプレックスに悩んできた私が通った道(まだその最中だけど)。

後から来る人達を、勇気づけてあげたい。

大袈裟かもしれないけど、綺麗ごとの自己満足かもしれないけれど、

それが私の使命だと思うのだ。

 

私は感受性がムダに強く、コンプレックスの塊の子供だったが、幸いにも運動が好きで得意だったため、不登校や鬱にならずに済んだ。

更に多感な10代、非行に走らなかったのは、本格的に運動をしていたからだ。

20代、自分自身や未来に根拠のない自信があったのは、運動をしていたおかげでスタイルや前向きなメンタルを保てたからだ。

30代で結婚・出産の重さにひるんだとき、それでもめげずに克服し、その上のレベルに上がれたのは(ゲームみたいね 笑)、昔運動で培った体力と根性があったらからだ。

そして今、40代、同世代が一気に老け込んでいく中、今までで一番エネルギーがあると思えるのは、運動を本格的に再開し、毎日筋トレをしているからだ。

 

 

熱く語ったところで(笑)本題に戻ります。

そう、お尻。

 

じゃ、今後は真剣に美尻を目指そうと奮い立ち、

ヒップアップの有益な情報を得るべく、検索していくなかで

美尻トレーナーとして有名な、岡部友さんの記事に辿り着いた。

https://www.cosmopolitan.com/jp/author/14922/okabe-tomo/

 

感動した。

 

私が世の中に発信し、やりたいことを、この若さでもう既に立派に確立されているではないか。

というか、筋トレマニアを自称しながら、今までお名前は聞いたことはあっても、詳細を良く知らなかったというのは、かなり恥ずかしい。

 

素晴らしい。

私は、こういう優秀な若い方を見ると、とても嬉しくなる。

 

私達アラフォーは、親である団塊の世代と、自分達より下のデジタルネイティブ世代(本来一緒くたには出来ないのだけど、ここでは敢えて一括します)の、黒船・明治維新と同じぐらいのメンタルの違いがある世代に挟まれている。

どちらが良い・悪いではない。

でも、私はやはり、これからの時代は、昭和のやり方では限界があると思う派だ。

インターネットの普及で、国境はもはやないに等しい。

言語の違いだって、翻訳機能の発達で、もはや壁にならない。

若者は、前の世代とは比べ物にならないほど、グローバルに物事を考えている。

私は、そういう斬新的で優秀な若い方達から、謙虚に柔軟に学びたいと思うほうだ。

親世代の戦後の苦労やありがたさは身に染みている。

でも、時代はとてつもないスピードで変わっているのだ。

 

従来の常識では、40を超えた主婦が今更フィットネスがライフワークがどうのこうの言ってる段階で「?」だろうし、第一需要があるのかも定かではない。

そもそも、美尻なんて、本来アジア女性が目指すものではないだろう。

でも、じゃあ日本女性は女性らしいボディは諦めて、ひたすら「かわいい」路線をつっぱしり、洋服がダメなら着物をしとやかに着とけばいい?

アラフォー主婦は、大人しく老後に備えて無難な生活を送るべき?

 

いいや、やっぱり挑戦したいね。

 

岡部さんに学び、彼女に続くべく精進したい。

そして、彼女が若い女性に支持されているのなら、

私は私なりの、40代以上、いや、これから本格的にやるのだったらもう50代以上

そういう女性たちがフィットネスを一生楽しめるような

そういう活動を目指していこうと思う。

 

もうこんなことを考えるだけで楽しみで、ワクワクしている。

筋トレやフィットネスは「痩せる為に嫌々やる苦行」と思う人が世間には多いらしい。

私には信じられないことだ。

逆に言えば、私はこれをやるために生まれてきたと言えるだろう。

 

美尻と、筋トレと、生き方。

今はいい時代だ。

ぼやぼやしていないで、行動しよう。

40代の価値観

私の中で、以前と現在で、価値観がどう変わったか。

40代のマイルストーンとして、記しておく。

 

 

以前(30代までの価値観)

以後(アラフォー)

 

で、お送りします。

 

 

1.美をつくるものは何か

 

  • 服、靴、ジュエリー、バッグ、メイク、ヘアアレンジ

  • 引き締まったメリハリボディ(筋トレ)
  • やることがある充実感
  • 体とメンタルの健康(良い習慣)
  • 属する場所(家族)と、地に足のついた生活
  • 人を愛し、愛されること

 

 

2.魅力的な人、とはどういう人か

 

  • 話題の的となっている人
  • カリスマ、モテる人
  • 経済力、権力がある人
  • リア充
  • 何でもスマートにこなす人
  • 進んでいる人
  • ちょい悪

 

  • 幾つになろうが、ボディを鍛えている人(筋トレ)
  • 自分の軸があり、流されない人
  • 心のキレイな人(単なる世間知らずの天然ではなく、全てを理解した上でなお慈悲深いこと
  • しなやかな強さを持ち、人を許せる人
  • 前向きで、常に挑戦・行動するエネルギーのある人
  • 社会の善の為に自分の能力(頭脳や経済力)を使える人

 

 

3.何をもって人生の「成功」と定義するか

 

  • 得たいものを得る
  • 気持ちよい・楽しいと感じることをする
  • 見た目が良くなる
  • 皆に認められる

 

 

自分のこの世での使命を理解し、それを行うことで人に喜ばれ、自分も充実感を感じる

 

 

 

4.生きる上で大事なスキルは何か

  • コネ
  • 頭の良さ
  • 影響力
  • 交渉力
  • 話力
  • 忍耐力
  • 度胸
  • 社交性、協調性
  • 自立心

 

  • 自分の強みを知り、自分で自分をよしとする、自己肯定力
  • 人生のプライオリティーを明確にしそれ以外に惑わされない、集中力
  • これぞと思うことに関しては簡単には諦めない、忍耐力
  • 良いものを選び取り不要物(および人)はスルーする、選択力
  • 依存はしないが人と交わることで幸福を感じる、人間力

 

5、人生で学んだ大事な教え

 

  • 努力は報われる
  • 皆と仲良くやるのは大切
  • 他人に迷惑をかけてはいけない
  • 正義は勝つ
  • ポジティブに生きれば何事も上手くいく
  • 人間、外見より中身が大事

 

 

正しい目的設定と、正しい方法と、正しい忍耐力でやらねば努力は報われないこともあり、また、自分ではどうしようもない理由で努力が実らないこともある。

 

どれだけ善意で接しようが何をしようが、どうしても分かり合えない人はいる。人間は神ではない。いつかは絶対に分かり合えるはずだと思うのは、人間の傲慢。

上手くやれない人からは、許すこと、認めること、スルーすること、上手くやれる人が他にいることの幸せを学び、必要以上に時間とエネルギーを無駄にしないこと。

 

人間は、どうやっても、他人に迷惑をかけずには生きてはいけない。だからといって開き直ってはいけないが、だからこそ、他人の迷惑も許す寛容さを持つこと。

 

正義であっても勝つとは限らず、また、愛のない正論は時に人を傷つける凶器ともなる。また、たかが人間同士の間で、何が正義か悪かと決めつける権利は誰も持たない。

同調・同意は必要でなくとも、認めること。

 

ポジティブに生きれば何事も上手くいくわけではない。人生は不条理であり、理解しがたい辛い事に溢れている。前向きな姿勢は大事だが、たかが人間の頭では理解できない、それ以上の存在(神)による計画があることを認める。

 

中身がなければお話にならないが、外見は大事。内面は紛れもなく外見に出る。

また、初対面の人に、「外見は見ずに内面で評価せよ」というのはただのおごりである。

 

 

今後、50代、60代に、これらがどう変化するのか楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

若い子へのアドバイスと、高田純次さんと

「相談したいことがあるんです」と、22歳の中国人の同僚に言われた。

職場のトイレで、すれ違った時に。

 

彼女とは、入社日が同じであることと、同じアジア出身ということで

所属された部署は違えど、時々トイレなどで会った際に軽いお喋りをする仲になった。

 

年齢的には親子程の差があるが、不思議に気が合うこの女の子。

まだ社会ずれされておらずやることなすこと可愛らしいので、話していて新鮮なのだ。

逆に彼女は、こちらの大人な(?)余裕に安心するようだ。

筋トレで鍛えた体を褒められ「私もこうなりたいんです」と憧れの対象にしてもらえているのも嬉しく、妹か娘のように思っていた。

 

背が低く、150センチあるかないか。

色白のなめらかな肌で、細い目と小さい鼻の童顔。

典型的なアジアの女の子と言う感じで、

デスクでは真剣に仕事に当たる一方、同僚と話すときはキャーキャー高い声で

パッと見やイメージは、かわいい17歳だ(笑)

 

知り合った頃はぽっちゃりさんだった彼女は、

何がキッカケだったのか、ある日、ジムに通い始めた。

アジア女性は、根が我慢強いのだろう。

私は雨でも生理でもジムに通うが、彼女も同じだ。

ただ、毎日毎日、黙々と淡々とマシーンに向かう彼女は、

単にジム通いが趣味で筋トレマニアな私とは違い、

ジムが好きなわけではないが、目標とする何かを得るために敢えて困難に立ち向かう、という感じだった。いわば、「必至」。

持ち上げるダンベルの重さは、私の2倍。

一言も話さずに真剣にやるその姿は、中国の底力(?)を垣間見るようで興味深かった。

 

毎日ジムに行ってれば、確実に外見は変わる。

ぽっちゃりさんは、まずは脂肪が減り、全体的に細くなった。

そして、その後筋トレをはじめ、シルエットにメリハリが出てきた。

 

そして、中身も変わってきたようだ。

中学生みたいだったコットンの下着をいつの間にかやめて

今は赤のセクシーなモノに変えたのも、ジムの更衣室でこっそり見た(笑)

髪を切り、軽い茶色に染めて、お化粧をするようになった。

(あれ?まだ外見か)

 

つまり、あか抜けたのだ。

 

彼はいるの?と聞いた時、前は真っ赤になって「とんでもない!」と顔の前で手をぶんぶんふっていた彼女。

それが、冒頭のシーンに戻るが、相談して欲しいことがあるとのこと。

若い彼女が年上の女に聞いて欲しい事と言えば、彼か結婚か妊娠か...じゃない?とからかうと、彼女は言った。

「じつは...ネットで知り合った32歳のイギリス人男性に、結婚を前提にと猛烈に言い寄られているんです。来週この国に出張に来るので会いたいと言われていて、どうしようか迷っていて」

 

別に何か具体的に相談したいわけではないだろうということは、分かっている。

ただ、聞いて欲しいのだろう。なので、聞く側に徹した。

彼女は彼の写真やらチャット内容やらを一方的に見せながら、キャーキャー嬉しそうに話したり真っ赤になったり。

かわいいもんだ。

意地悪ではなく、本心から微笑ましい気持ちでそう思っていたら、彼女は言った。

「チャット上だけの判断ですけど、いい人ですし、ハンサム、歯医者でお金にも困っていないみたいですし...」

さすがに何かコメントが欲しそうな感じだったので、冗談と本音を混ぜて、言った。

 

「会う時には、犯罪に巻き込まれないように気を付けてね。

で、実際に会ってみて良さそうであれば、友達のお付き合いからでもいいんじゃない?

ただ、あなたは若いし可愛いしこれから幾らでも未来とチャンスがある。

確かに経済力は大事だけど、貴方は中国人なのだから、その気になれば華僑の大金持ちも夢じゃない。

相手のアプローチに惑わされて慌てないで、自分を安く売らないで、冷静にね!」

 

すると、彼女はいきなり元気がなくなった。

そして、言った。

 

「いえ、私なんて...そういう中国系のスゴイ人達の周りには、モデル並みの美女や、北京大学を卒業した才女とかが一杯いるんですよ?私なんて、この国の大学に通ってるし、容姿にも自信がないし...」

 

ああ、なるほど...そういう訳か。

 

「確かに、中国はとんでもない競争社会だって聞いているけど」

 

「そうなんですよ。私も、もっと上に行きたいんです。だからまだいけるはず、と思って努力しています。大学も、仕事も...その反面、私なんてやっぱりここまでか、という気持ちもある」

 

「モデルであろうが才女であろうが、他人と比較してたらそりゃ負けちゃうよ。

世の中にはいくらだって自分より美女、自分より才女、自分より成功している人がいるんだから。

それより、過去の自分と比較して、自分史上最高の自分になることに集中しなよ。

で、その自分をうまくプレゼンできれば、Huawaiのエリートだろうがシンガポールの富豪だろうが夢じゃないかもしれない。」

 

「...そう思われます?...」

 

「筋トレ始めたら、体系がスゴイ変わったじゃない?それでわかったでしょ?

これからもっと変われる要素を、貴方は幾らでも持っていると思うよ。

そして、他人に振り回されない為にも、相手の期待に応える自分を目指すのではなく

自分が本来なりたい自分像を考えたほうがいいかも」

 

 

これは、単なる上辺の容姿や、彼氏やなんやらの話ではないだろう。

 

ハッキリ言って、彼女に言い寄るイギリス男性は、実際は彼女はどうでも良いのだ。

彼女をあれだけキツイ筋トレメニューに通わせる

人生における本当の目標が何なのか、私は知る余地もない。

でも、彼女の人生において、筋トレが彼女に自信をつけるきっかけになったことは間違いない。

 

そして、彼女曰く、彼女が筋トレを始めたのは、私の影響だという。

同じアジア女性で、ここまで筋トレで体系を変えた人がいる、と。

 

私が彼女に偉そうに言った言葉は、

本当は、私が自分自身にそのまま言い聞かせなくてはいけない言葉だ。

 

まだまだ未来はこれからで、チャンスは思う存分ある彼女。

彼女の傍にいることで、そして偉そうなアドバイスをすることで(笑)

こちらも逆に身が引き締まる思いだ。

 

私の周りには、キラキラしたアラフォーやそれ以上の先輩もいるけれど

それと比較にならない程、人生諦めている感が漂う同年代も多い(特に外見ね!)

なので、これからも彼女にガッカリされないよう、言った言葉に責任を持てる生き方を私自身が出来るよう、頑張らねばならない。

 

彼女は言った。

「今度、色々あなたの事を教えてください。」

 

高田純次さんは、現役を続けるためのルールとして、言った。

「年取ってからやっちゃいけない話は、説教と自慢話と思い出話。

この3つは抑えていかないと」

 

 

 

高田純次さんは、70にしてまだ現役、常に変化を意識しているそうだ。

面白いテキトートークとは対照的に、外見は本当にダンディーでカッコよい。

 

私も、年下の女の子に頼られた嬉しさに舞い上がって武勇伝をべらべら話したり

自慢やら価値観の押し付けやらをするのは抑えなければ。

自分のやりたいことをやるだけで、いい意味でその他の事にはテキトーでいたい。

そして、言葉ではなく、自分の在り方や生き方で、

周りにヒントや元気を与えたいな、と思う今日この頃だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アラフォー女

昨日、年下だらけの職場での日常を記事にしたが

20-30代の彼らの中で自分に課せられた振る舞いとは、やはり大人の落ち着きだろう。

アラフォー女性は、もはやあたふた・せかせかしてはいけないのだ。

白鳥のように、足はバタバタやりつつも、水面上は優雅に移動するべき。

 

しかし、アラフォーとてまだ発展途上の生身の人間。

常に落ち着いた大人でいるのは、難しい。

特に、旦那や子供関係で何か問題が生じたり、

お金やその他の心配事があったりすると

その私生活のイライラが吹っ切れずに、職場まで引きずることもある。

ホルモンバランスの乱れがあるときも同様。

 

家では、私は母として妻として、家族の精神安定剤となっているので

出来るだけ彼らには優しく明るく話すようにしている。

そして、前述のように、職場ではアラフォー女性のたしなみとして、

どんな時でも慌てずに、上品に穏やかにいるようにしている。

なので、傍からは、私の人生に苦しいことは何もないのだろうと思われているかもしれない。

 

 

でも、実際は。

とんでもない。

悩み始めたら精神を病めるレベルの辛いことが、私の人生にだって沢山ある。

ただ、ネガティブ思考は何も解決しないどころか悪くするだけだと今迄の歩みの中で学んだので、どんな時でも極力前向きに生きるようにしているだけだ。

しかし、ポジティブだからといって、傷ついたり疲れたり悲しんだりしないわけではない。

逆に、泣いたり叫んだりして発散しない分、

やりきれなさ、イライラ、狂暴な感情が内側に溜まるときもある。

本来、私は体育会系でとてもエネルギーのある人間なので、余計そう。

 

私がジムに行くのは、それらを発散させるためでもある。

 

私は筋トレが大好きだが、ハッキリ言ってやっているその最中は、辛い。苦しい。

でも、体力の限界に近くなると、「なにくそ!負けるか!」という

熱く強く、狂暴で負けず嫌いで、強くたくましい「根性」が出てくる。

これを出すのが快感なのだ。

どれもこれも、日常生活では決して見せることのない、でも本来の私。

オフィスですまして涼しい顔をしている私のイメージとは、180度かけ離れている。

 

時々顔を出す女子だけの筋トレクラスには、20代のキレイなOLの女の子たちが多いが

簡単そうに見えて実は結構辛い筋トレメニューについて行けず、途中で音を上げる子たちが殆ど。

周りが次々に脱落していく中、私は息も切らさずに、最後までこなす。

その時、心の中で一人、思うのだ。

「伊達にのらりくらりとアラフォーになったわけではないのですよ、お嬢さん方....」(笑)

 

精神面でも体力の上でも、常に負荷がかかった日常を送りながらも

それを最近は外にひけらかすことはない。

負荷を嘆くのではなく、「筋トレ」と思うこと(メンタルもボディーも)

辛さとは自分を磨く要素、としてとらえること。

そうすると、生き方が変わってくる。

そういう姿勢で生きると、得られる結果も確実に変わってくる。

 

ジムでは、普段の自分とはかけ離れた、マッチョな(?)もう一人の自分を散々出すことが出来る。

筋肉を傷めつけるという意味で、辛ければ辛いほど、厳しければ厳しいほど、反比例的に頭と心のストレスが楽になるのが筋トレの不思議であり、ハマる理由でもある。

 

ダンベルを上げる時に鏡に映る自分の鋭い目つきは、今にも誰かを殴り飛ばしそうだ。

オフィスで柔らかく笑う上品なアラフォー女は、そこにはいない。

 

その後、シャワーを浴びて、着替えて、化粧をする。

髪を整えヒールを履く頃には、また、たおやかな(笑?)アラフォー女性に戻っている。

 

 普段は服に隠れて見えないが、脱ぐとクッキリと筋肉が見える二の腕と、背中。

ここだけ見たら、とてもアラフォー女とは思えない。私の密かな自慢だ。

この鍛え上げられた筋肉と、1時間の筋トレクラスが終わってもケロリとしている私に、初めてジムに一緒についてきた同僚の20代の女の子が、目を丸くしている。

 

そして、言った。

「信じられない」

ここ最近で、最高の褒め言葉。

 

アラフォーでこれだ。

アラフィフになったら、どんなお言葉を頂戴するだろう?

そう考えると、歳をとることと、若者の中に紛れるのも悪くないと思える。

 

普段は優雅に、大人に。

その反動は、ジムの筋トレ時に大いに出す。

これ、特にアラフォー以降の女性に大いにお勧めする。

年下の男の子

私が勤めている企業は、圧倒的に若者が多い。

 

年功序列は一切なく、完全実力主義

ITを使うシーンが多く、自由な社風で、上下関係もほぼない。

常にクリエイティブな発想が求められる。

進歩・前進しなければ、給料は永久に同じだ。下手すれば、クビ。

若者でも即戦力になれるので優位だが、

もう若くない昭和メンタルの保守派おじさん・おばさんにはキツイ環境だ。

(「昭和メンタル」といっても、外国だけどね)

 

実際、チームで最年長の私は、ついて行くのに毎日必死だ。

 

皆、平均5~10歳年下。

15歳以上も年下という女の子もいる。

皆が皆、頭の回転が速い。最新情報とテクノロジーに強い。サクサク行動する。

 

私は、彼らに置いてけぼりにされないようについて行くのに必死な傍ら

あるエリアでは絶対に同化してはいけない、と自分に課してもいる。

アラフォーの自分には、彼らには出せない魅力と実力があると自負しているからだ。

若さでは勝てない反面、それを武器に勝負しているといってもいい。

 

若い女性の同僚に接する時。

 

柔軟性、スピード、フレッシュな考え方やおしゃれからは大いに学ぶけれど

酒・たばこ・夜遊びを習慣としたり

感情に振り回されてヒステリックになったり

キャーキャーピーピーはしゃいだり

スラングで悪態をついたり

一貫性のない行動や発言をしたり...

 

こういうことは一切しない。

「外見はアラフォー、でも精神年齢は20歳のイタイおばさん」にならないように。

 

そして、「お母さん・お姉さん」にも、なってはいけない。

聞かれるまでは、自分の武勇伝や経験をべらべらと語らない。

既に経験して知っていることがあっても、求められない限りはアドバイスもしない。

ゆったりとした自信は持ちつつも、自慢話はしない。

あくまで謙虚に。

仕事はキチンとする。

家族や子供の話も、聞かれるまではしない(皆独身だからね)。

そして、外見は徹底的に磨き、いつでもオシャレでいる。

 

唯一、彼女らが、昔の自分が悩んだテーマなどで

泣きつかれたり、途方に暮れているとしたら

「わかる。辛いね」と心から言う。

昔の若い自分が必要としていた大人の女性に、自分がなる番なのだ。

 

 

傍ら、若い同僚の男性に接する時。

惚れた腫れたではない「愛情」を持って、接する。

 

私のデスクの左横に座っている男性は、30歳だ。

歳の差、10歳以上。

こげ茶の長めの髪、緑の目、長身、細身。

スキニージーンズに、わざとオーバーサイズ気味の、オシャレなブランドのシャツやトレーナーが良く似合う。

低い、ちょっとしゃがれた声が何ともセクシーだ。

とてもオシャレで、モダンで、スタイリッシュな人。

 

右隣りの男性は、32歳の好対照。

こちらも、歳の差10歳以上。

大声で話す、明るい性格の好青年。

短髪、眼鏡、ボディビル大会に出るという目標を持つ、美しい肉体の持ち主。

体のラインがきっちり見えるシャツを着ている、見るからに強そうなマッチョだ。

いつも面白いことを言って、周りを笑わせるムードメーカーでもある。

 

彼らと話す時は、女性の同僚へ接する際の注意点に加え

ことさら上品に、自分が女性であることを意識するようにしている。

 

それは、媚びるのとは全く違う。

色気を出せというのではない(職場ですし、私は既婚ですし、彼らにも彼女がいる)。

シンプルに、相手を「男性」として尊重するのだ。

すると、あら不思議...彼らから、「大人なアラフォー女性」として、大事に扱ってもらえる。

 

まず、口調やトーンを柔らかくする。

ハキハキ・テキパキは、40を超えると貫録が付きすぎて怖くなるからだ。

話す内容にも気を付ける。努めて明るく、ポジティブに、朗らかに。

質問されたら、明確に答える。

くだらない世間話や、どうでもいい話はしない。グッと我慢。

特に、悪口やグチはご法度だ。

 

男の子たちが馬鹿なことを言っても、愚痴を言っても、はしゃいでも

叱らない、直さない、驚かない、同化しない。

求められてもいないアドバイスはしない。

自分はあくまでもポジティブに、穏やかに、優雅に。

 

そして話す時は目を見て、出来るだけ柔らかい陽のような笑顔を「あげる」。

そう、プレゼントをあげるように、包み込むような笑顔をあげるのだ。

これ、20~30歳の時は、少なくとも私には出来なかったこと。

母性と同等の、暖かさや安心を感じさせる笑顔だ。

 

気が付いたときに、重くならない程度の親切や気遣いをさりげなくする。

プライベートには突っ込まない。

例え内心聞きたくてたまらなくても、グッと我慢して、そんなことは気にも留めないフリをする。

こちらからも、聞かれるまでは話さない。

 

左デスクの男の子はとてもカッコ良いので、

ただ隣にいるだけでご利益がありそうでありがたい気持ちになる(笑)

変な意味は一切なく、疑似恋愛を楽しんでいる感じになる(自分だけですよ 笑)。

勿論、そんな素振りは全く彼には見せずにね。

 

彼に軽蔑されないようにオシャレにも気を遣うし

身の振る舞いも、上品にする。

出来るだけ成熟した、大人の女性と見てもらいたいので

その為の努力もする。

頭が空っぽでは示しがつかないので、会話に奥を持たせるために、勉強もする。

仕事が余りにもできないとみっともないので、そちらでも努力する。

 

何か質問されたとか、自分が入れるついでにコーヒーを入れてくれたとか

そんな他愛のないやり取りで、ときめいたりもする(勿論、自分だけね)。

そんな日常の一コマ一コマが、アンチエイジングにどれだけ良いか...

その効果は計り知れない。

現に、私は彼の隣になってから、目に見えて綺麗になった(と自分で思う)。

 

誤解のないように言うけれど、あくまでも彼へのときめきは私の頭の中だけだ。

実際は何にもないし、欲しいとも思わない。発展もしない。

家に帰れば子供や夫が迎えてくれて

食事の支度やら洗濯やらでわいわい騒いで、暖かくて

そういう日常がある幸せに、職場の彼のことは既にすっかり忘れている。

 

逆に職場では、日常のゴタゴタをスッキリ落として、

彼の隣で、緊張しながら女度を上げられる過程を楽しむ。

 

私は昔から大人に見られたいと思っていた。

「歳をとる=成熟、大人、余裕」というイメージが昔からあって、憧れていたからだ。

歳というナンバーだけ見ればれっきとした「大人」である今

年下の男の子の目に映る自分が、あの頃なりたかった自分であるよう

彼を鏡としているのかもしれない。

 

職場と言うものは、使いようによっては、こんな風に美のトレーニング場にもなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

貧困層

旦那の親戚にあたる若夫婦が、

休暇を利用して、初めて飛行機に乗って旅行をすることになった、と報告してきた。

 

普通の人にとっては、別に何ともない出来事だろう。

しかし、私はこのニュースに涙した。

なぜなら、彼らは、クラス社会のこの国では、貧困層に属する人達なのだ。

 

 夫婦の妻にあたる女性を、私は、彼女が10代の頃からごく身近で見てきた。

 

例外はあるにしろ、この国の貧困層の女性というのは、大体同じようなタイプなのだが(ひたすら明るく、威勢が良く、騒がしい 笑)

彼女は口数が少なく、引っ込み思案で大人しい。

背は低いが、まっすぐの黒髪に白い肌、大きな目がとても美しい。

 

しかし、可憐な外見とは裏腹に、芯の強さは親戚一。

 

生まれも育ちも、れっきとした貧困層

父親はおらず、母親は学歴もコネも財産もない掃除婦。姉妹が5人。

10数もの所帯が1つの台所や1つの洗面所を共有するような、想像を絶するスラム一歩手前の集合住宅で育つ。

プライベートもなにもあったもんじゃない。

そこに住む人たちは、まともな職に就いていない。

皆が皆、言葉にならない程貧しい。

教育など二の次の、サバイバル生活。小学校を出ていない人も多い。

男たちが汚い言葉で怒鳴り合い、夕方になると道端にバイクでたむろす。

犯罪などの危険も常に隣り合わせだ。

 

始めてこの場所を訪れたときのショックを、私は一生忘れないだろう。

向かいの建物のテラスの柵にもたれてタバコを吸う20代ぐらいの若者2,3人が、

ぎょろっとした目で、明らかに場違いな身なりの夫と私を見定めする。

正直、「とんでもない親戚を持つ男性と一緒になってしまったものだ」と正直怖かった。

(でも、彼らを良く知るにつれ、この考えは正反対になるのだけど)

日本人なら、誰もが怖気づくだろう。

 

頭が良く勤勉な彼女は、親戚の中で唯一高校を卒業した努力家だ。

前述の環境にもめげず、高校を卒業したのだ。

これは、言葉で説明するには軽すぎる事実だ。

 

私は、「貧しくても努力して環境を自ら変えるべき。それをしないのは怠けもの」と、わかったような物言いでレッテルを張る裕福層を、内心軽蔑する。

いや、貧困層の生活を知らないから、そういうことが言えるのだろう。

彼らの現実は、洒落にならない程過酷だ。

 

 

彼女が17歳ぐらいの頃。

「やっと自室が得られた。これで勉強するのが楽になる」と歓喜する彼女に案内され

その自慢の自室とやらに入らせてもらったことがある。

それまでは、母親と妹が皆1部屋で寝起きする生活だったのだ(注 5人姉妹)。

アルバイトから生活費を抜いたお金をコツコツ溜め、その部屋の使用権利の頭金を得たという。

 

集合住宅の2階の奥に位置するその薄暗い部屋は、

コンクリートの壁打ちで、窓もない。

まさに、牢獄のようだった。 

そこにあるのは、簡易ベッドと、粗末なちっちゃな机のみ。

とてもとても、ティーンエイジャーの女の子の部屋といえるものではない。

トイレに行くのでも、自室を出る時は頑丈なカギを付ける。

一足部屋を出れば、前述のような柄の悪い若い男たちが、廊下をうろうろしている。

 

ここで育った若い女性の多くが、小学校を出ることなく、

掃除婦や子守り等の仕事をし始め

そして10代で妊娠し、母となり、大体が離婚してシングルマザーになる。

しかし、彼女は違った。

 

30歳を超えた今では、親戚一同を背負って立つ「長」の役目を果たしている。

外見上はまだうら若い少女のような、可憐な彼女が。

 

今回、飛行機で行くのは、ささやかな国内旅行。

勿論、生まれて初めての飛行機。

夫婦ともども初めてということで、夫が飛行場までついて行った。

「スーツケースの重量オーバーには罰金が課せられることを知らなかったみたいだ。

旅先で外食で出費がかさむことがないようにと、自炊する前提であれこれ食料や調理器具を沢山詰め込んでいた。彼ららしいけれど、びっくりしたよ」

と、夫は驚いていた。

 

今回、飛行機に乗れたのは

別に、宝くじに当たったわけでもない。

誰かに恵んでもらったわけでもない。

運が良かったのではない。

棚ぼた的に降って湧いた話ではないのだ。

 

歯を食いしばって逆境に耐え、汗水たらして仕事をし、高校を卒業し

理不尽な理由で職を失っても、めげずにまた探し

職にありつけない姉妹や親を助け

絶えることのない数々の問題を冷静に処理し

集合住宅を追い出された一家全員を引き連れて、部屋を借り

ついに正社員の事務職にありつき

結婚して子供を産み、家具を買い、車を買い...

やっと行けるようになったバケーションには、

親戚の子供を2,3人、代わり替わり引き連れていく。

誕生日には、親戚の子供に新しいスニーカーを買ってやる。

そして今年、夫婦で飛行機で旅行へ行ってみようか、という余裕が出来たのだ。

ここに辿り着くまで、約20年。

 

 

勿論、彼女には人並みの欠点も沢山ある。

その育ちゆえに、大変失礼な言い方になるが、貧困層にありがちな将来性・計画性に欠ける考え方や生活習慣もあり、時々度肝を抜かれることもある。

でも、彼女の存在なしでは、私は旦那の親戚とうまくやっていけるとは到底思えなかっただろう。

それほど、貧困層というのは特別な層だ。

 

彼女は、裕福層を妬んだり敵視することもせず

かといって自分を卑下することもせず

淡々と、自分に出来ることをしてきた。

そして、誰に対しても対等に接する。

牢獄同様の自室の豆電球で、必死にテスト勉強をしていた高校生の彼女と

飛行機でバケーションに行く彼女は、全く違和感がない。

 

また、彼女は、自分が周りに「してあげた」ことや、自分の成功話などを語らない。

当然の如く、淡々としている。

彼女が親や姉妹、親戚の子供にしてあげている情報は、いつも他人から入る。

 

私は昔、どんなに上の人にも怖気づくことがなく、どんなに下の人にも偉ぶることがない人間になりたいものだ、と思ったことがある。

 

私は裕福層出身ではないが、そこはやはり日本出身。

その日暮らしをする彼らに比べたら、とんでもなく恵まれている。

貧困層の気持ちを心から理解できているとは思えない。

 

上のフレーズは、私ごときが言っても、しょせんキレイごとだ。

しかし、正真正銘貧困層出身の彼女は、当事者だ。権威だ。

彼女は貧しさも豊かさも知っている。

 

夫について、彼女や彼女の家族を訪ねるのは、初めのうちは苦痛だった。

余りの貧しさと厳しい現実にこちらが逆に打ちのめされる思いと、

「一緒にして欲しくない。自分は堕ちたくない」という傲慢な気持ちがあったのだ。

しかし、彼女が少女から女性になり、色々な話が出来るようになると、打ち解けた。

彼女が成長するにつれ、その見事な生き様に触れ、首を垂れる思いになった。

今では、彼女といると、教えを乞うような謙虚な気持ちになる。

 

彼女に比べて、1000倍は恵まれているであろう自分。

何をグダグダ言い訳をしているのだろう?

何を甘えているのだろう?

おざなりな言い方だが、過酷な環境にも負けず、明るくたくましく生きる彼女。

私なぞ、生い立ちや置かれている環境という意味でこれだけ恵まれているのだから

それこそやろうと思えば、何でもできるのではないか?

彼女の存在は、私に喝を入れてくれる。

 

 そして...

彼女や彼女の家族の親戚になれたことで、

私も少なからず貧困層の「当事者に関わる者」としての権利をも得つつある。

即ち、貧困層について、ささやかではあるが、インサイダーとして語れるのだ。

 

今では、これは素晴らしい名誉であるとさえ思う。

この縁に、心から感謝している。

 

若くないことの醍醐味

同僚の一人に、ポーランド美女がいる。

ポーランドと言えば金髪美女で有名だが、その期待を裏切らない典型的な超・美女だ。

 

彼女にはいつも見とれてしまう。

雪のように白くシミ一つない肌に、水色のキレイな瞳。糖蜜色の光る髪。

化粧を全く施さなくても、ただただ美しい。

 

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私はどちらかというと色の濃い「迫力系」の美女が好みだが、

金髪美女は「神様の芸術」だと思う。

余りにも自分とかけ離れていて、バービー人形のように思う。

 

しかも彼女、詳しくは知らないが、なかなかいい家柄の出身で、自国には素敵な家族がいるらしい。

 

大学院を出るほどの教養があり、実の振る舞いも上品で、人当たりも良い。

この国出身の彼と一緒に住む為に引っ越してきたそうだが、

その彼女にぞっこんの彼(そりゃそうだろう)がこれまた大変なお金持ち

しかも優しいときている。

とても大切にされているだけでなく、年に何回も海外旅行に連れて行ってもらっている。

人生に何も不自由していないように見える。

 

「に見える」

 

そう。

そうじゃないところが人生の複雑さ。

彼女、実は悩みで一杯だ。

全てが嫌らしい。

特に、今の仕事が嫌でたまらないらしい。

精神的に不安定になるときも多く、高額を払ってカウンセラーにも通っているという。

よくため息をつく(その姿さえも綺麗なんだけど)。

 

ある日、とても落ち込んでいた時に

慰めというかアドバイスというかをちょっとしたことがあった(おばちゃんのお節介、ですな 笑)

「貴方、そんなに綺麗なんだからその気になれば世界征服だってできるよ。そんな暗い顔してないで、自信持ちな」

 

彼女、「ありがとう」と少し笑った。

 

それ以来、タイミングが合って給湯室などで偶然会う時には

そういう悩みの一部を話してくれるようになった。

 

職場の不満、同僚の不満、外国であるこの国の不満...

そして、仲良くなるにつれて知る、自信のなさ。自己評価の低さ。

 

彼女を元気づけるのは超・簡単だ。

なんせ、素晴らしい要素がありすぎる。

美貌、経済力、頭脳、30歳という若さ...

 

勿体ないねえ。

 

人生と言うのは、解釈の仕方と向き合い方で幾らでも変わる。

良い方にも、悪い方にも。

おかれている環境や、持っている条件がどうのこうの、ではないのだ。

 

彼女は自分に与えられた恩恵を心から理解出来ていないか

または、理解していても、上手く思考をコントロールできないのだろう。

いや、そういうものだよね。

特に、若い頃はほとんどが皆多かれ少なかれこういう時期を過ごすのではないかな。

 

私なぞに出来ることは限られている。

いや、基本、他人は何もできないものだ。

それでも

アラフォーという私の年の功が、彼女を少しでも生きやすくするのに役に立てばいいな、と思い

彼女と話す時には慎重に言葉を選んで、彼女を笑わせ、

明るい気分にさせるように気を付けている。

 

気づけば、彼女だけではなかった。

悩みでがんじがらめになっている20~30代の同僚が、なんと多いこと。

女性だけではなく、男性も。

 

  • 上から目線や叱咤
  • お母さん・おばさん・お姉さん口調
  • お節介な、求められてもいないアドバイスや自分の武勇伝

これらは絶対に避けたい。

と同時に

できる限り彼らの力というか、安心し少し前向きになれる「聞き役」になれればいいなあ、と思う今日この頃である。

 

それが、歳をとったものの醍醐味の一つだと、アラフォーになって知りつつある。