アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

誘惑に堕ちる

先週、ネットで閲覧できる小説にハマってしまった。

 

当然、寝不足。

昼間は仕事だし、家に帰れば、家事が山のようにある。

子供や旦那がいる時に、彼らの存在を無視して読むわけにもいかない。

では、いつ読むか?

夜!

 

 

誘惑に弱く、溺れやすい性質の私は、

体に悪いと思っていても、

堕ちていく甘美に酔いしれながら、

1週間、毎日、12時~朝1時頃までネット読書をした。

翌日、5時に起床しなきゃいけないのに。

 

これ、ずっとやると、確実に疲れが溜まる。

もう若くない女性が、健康と美容上、一番やってはいけないことだ。

 

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一週間後。

流石に、もう頭がまわらない(そりゃそうだ)

朝、オフィスでフラフラ。機嫌も悪い。

酔ったような、自制の効かない、何とも不安定な気分。

仕事も上の空だ。

 

で、そんな日に限って、とんでもない出来事が起きた。

昔、ちょっと色恋沙汰のイザコザがあった男に、偶然会ったのだ。

 

詳細は省略するが、その昔、その彼とは、酷い別れ方をした。

疲れと自制心のない、中毒中の自分。

普段の私ではありえないような、

感情(←怒り)をぶちまけた対応をしてしまった。

そして、その後、ラインでその事をごく身近な友人二人に報告する、という

ティーンエイジャーのような、

はたまた、おばさんのような、恥ずべき事もしてしまった。

 

うーん...大人のイイ女からは程遠い醜態だ。

 

自己規制と体調管理がいかに大切か、

そして、悪習がいかに自分をダメにするかを実感した日だった。

 

私は、ここ数年、かなりストイックな生活を送ってきた。

夜遊びもせず、酒も飲まず、運動をし、栄養に気を付け、

映画や本や、中毒になりそうなものも、控えてきた。

 

それらは既に習慣化され、もう大丈夫だろう、と思っていた矢先だった。

 

しかし。

人間、弱い...本当に弱い。

今迄の習慣などどこへ行ったか、簡単に誘惑に堕ちる。

 

私のネット小説は大したことではないかもしれないけれど、

人はこうやって、ズルズルと、「ほんのつかの間のリラックス」と思ってやってみたことから抜け出せなくなってしまうのだろう。

ネット中毒の他にも、お酒、タバコ、パチンコ、その他ギャンブル、麻薬、浮気や不倫、その他諸々の悪習を持つ人たちを責める気にはならない。

気持ちは、とてもわかるから。

人間、状況さえ整えば、簡単に罠に堕ちる。

 

取り合えず、今のところは、

ネット小説より楽しくて自分の興味を引く、

健康的なもの(その名も筋トレ 笑)とすり替えることにして、

夜はなるべくスマホを見ないようにしている。

 

この歳になって、まだこんな戦いを続けているのか、と情けなくなる時もあるけれど、

でも、あきらめないで前進することが大切だね。

 

貴方も、悪習がある?

あきらめないで...

応援しています。

 

インド

忘れもしない、2012年。

 

とある長いフライト中、めぼしい映画を殆ど観つくしてしまった。

暇になったので、何とはなしに、インド映画を見た。

 

で、ハマってしまった。

(観たのは、Rowdy Rathoreという映画です)

 

ハマるどころではない。

私の「見る前」と「見た後」をハッキリ分ける、重大な出来事となった。

 

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インド女優、ソナクシ・シンハーの圧倒的な存在感。

対するインド俳優、アクシャイ・クマールのカッコよさ。

インド独自の展開過ぎて、先が読めない...!

トーリーが進むなかで、突然歌って踊りだす、あの不思議さ。

(注 ちゃんと意味があるらしいです)

 

インド映画のことを「ボリウッド」と呼び、長年の歴史と、

独特の世界があるのを後に知った。

世界中に有名な俳優・女優さんも、わんさかいる。

シャールク・カーンとか...今は大ファンです)

 

でも、今日語りたいのは、インド映画の特徴とかではなく...

 

私が一番心を動かされたこと。

それは、インド映画が「インド」的に素晴らしくて感動!ということ。

 

当たり前?

ってか、何でそれが重大な出来事?

インド映画は、私に、「独自のものがある国の出身者である幸せ」を気づかせてくれたのだ。

 

インド映画は、ハリウッドの物まねではない。

インド独特の美学、感覚、おさえるツボ、衣装、メロディー...まさに、ザ・INDIA!

 

2017年になっても、なんだかんだ言って、

私達日本人は、北米や西欧に影響されることが多い。

ファッションでもトレンドでも、彼らから発信される情報に敏感だ。

で、真似しても、結局は彼らみたいにサマにならなくて、

ちょっとコンプレックスなんか感じたりして。

わたしも、そんな感覚に陥ったことはある。

 

だから、美しいインド女優が、

典型的な民族衣装を着て、

艶やかに女らしく笑い、

なめらかに踊る姿を観たら、心底嬉しくなった。

 

ジーンズにマニッシュなシャツを着て、

男勝りに怒鳴ったりする西洋女性等には出せない、オリジナルな魅力を感じた。

 

民族衣装、素晴らしい。

独自の文化があるって、凄い。

エキゾチックって、惹かれる。

独自の言語があるって、カッコいい。

これ、きっと、アメリカとか歴史の浅い国や文化がハッキリしていない移民国の人なんて、羨ましいと思う。

 

日本人であり、日本出身であることを、

一気に「カッコいい」と思えるようになった。

単純?バカ...? 笑

 

家に帰って、日本舞踊でもやろうかな~と思ったけれど、

正直、あのゆったりした動きには余り惹かれないし、

第一、肌が浅黒くて肩幅が広い私は、着物が余りにも似合わない。

ということで、その年、私はベリーダンスを始めた(笑)

 

エキゾチック...万歳。

日本人であることを、もっと楽しもう...

そう気づかせてくれた、インド、万歳。

なぜ辛い思いをするのか

うちの子供達は、旦那に似て、

賢く、大人びており、何をしても結構スマートにこなしてしまう。

 

私の子供時代と大違い。

 

私は、内向的で、多感で、こだわりが強く

空想癖があり、不器用で、まあとにかく面倒くさい性格をした子供だった。

いつもふくれっ面をし、不機嫌だった。

 

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外に見える問題を起こすことは余りなかったけれど、

内面、常にストレスや葛藤を抱え、自律神経失調症で、アレルギー発作も多かった。

 

それでも、何とか自分なりに道を見つけ、前進し、

何年も何十年もかけて、自分なりのしっくりした生き方を身に着けつつある。

しかし、とにかくシンドイ子供時代だった。

 

親となり、子供たちが、あの時の自分と同じような年齢になり、

年代も国も超えて、自分と同じような問題を抱えて悩んでいる姿を見ると、

あの頃の自分の、内面の葛藤を思い出す。

 

決して嫌なものではなくて、「ああ、自分もそうだったな」という、共感。

そして、思う。

ああ、このために、あの辛い経験は必要だったのだな、と。

 

先述のように、うちの子供たちは、私より数倍もうまく人生を渡っているように思える。

だから、彼らがちょっとした問題にぶつかったとき、

私は、オロオロと心配する代わりに、彼らを安心させることが出来る。

 

「ああ、大丈夫、大丈夫。そんなの、大したことない。

絶対乗り越えられる。

あの頃のダメな私でも乗り越えられたんだし、

第一あんた達は、私より数倍優秀なんだから」

 

 

あの頃、私は、

なぜこんなに辛い思いをしなくてはいけないのか?

なぜもっとスマートにシンプルに生きれないのか?と、

自分や神に問いながら試行錯誤していた。もがいていた。

 

色々な経験をし、いらないものをそぎ落とし、大切なものを学びつつある今。

あの頃の辛さは、他人の辛さを理解し、

アドバイスなり助けなりを与えることができるために必要だったのだ、と思う。

 

シンドイ子供時代も、

病気も、

変な嗜癖も、

コンプレックスも、

貧乏も、

ありとあらゆる失敗も...

 

それを体験したものの特権、というものがある。

 

それについて語れる権限と、

同じ状況にいて困っている人に共感できること、

助けることが出来ること。

 

人生に、無駄なものなど何もない。

特に、辛いと思えることが、あとあとで凄い意味をなすところが、

人生のからくりの面白さだ。

 

遅咲きの子供

私は、精神年齢が普通一般より10歳ぐらい遅れているようだ。

 

大人になるとその辺の違いは余り意味がなくなるが、

子供時代は明確にその差が見えていたように思える。

 

例えば、大人びたクラスメートが恋愛ドラマを見始める10歳頃

私は、幼児番組(お母さんといっしょ、等)を好んで観ていた。

 

中学1年になっても、シルバニアファミリーで人形遊びをしていた。

 

進研ゼミの進路相談で、「希望の職業」の欄に、

「イルカの調教師になりたい」と書いた。

 

担当者の困惑した顔が目に浮かぶ...大学の水産学部への進学を推薦されたっけ(笑)

 

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幸い、幼い頃から本格的にスポーツをしていたし、

それなりに切り替えをして、現実世界にも対応出来ていたけれど、

まあとにかく夢見ることが多い、幼い子供・ティーンエイジャーだった。

 

そんな私には、高校3年になっても、ハッキリとした進路は見えていなかった。

(何しろ、外見17歳でも、精神年齢は7歳だからね 笑)

 

こんな思いで大学に行き、親に学費を払わせるのは悪い。

大学→企業就職、の図が将来形成には一番、というのは勿論正論。

でも、人生というのはもっと人間臭いぐちゃっとしたものであり、

そんな綺麗な計画通りにいくものではないだろう。

敷かれたレール以外にも、何かあるはずだ...

 

茫然とした思いの中で、そんなことを17歳の私は考えていた。

 

学校・親・私の三者面談で、「大学に行かない」と言う私に、担任は怒った。

そこでの、父親の言葉。

「先生、先生のご心配はわかりますけどね...

この子はね、遅咲きなんですよ。

いつか、この子なりの時間が来たら、何かやるだろうって、信じてますよ」

 

 

40代の今...  精神年齢30代の私は、お気楽でポジティブだ。

精神年齢が「遅れている」というより、「若い」と、褒めていただくときもある。

勿論、体や責任は40代のものなので、その辺りのバランスはキチンと考える。

でも、「もう40代だから...」と老けた考えが出てこないのは、

遅咲きの特権かもしれない。

マーニャとミネアと、昔から好きなモノ

80年代の懐メロを聴くのが、最近のマイブーム。

 

歌は香りと同様、過去を思い出すトリガーになる。

懐かしいメロディーが引き金になり、

その当時の感覚や、流行っていたものを思い出した。

 

男の兄弟がいた私は、少年ジャンプやファミコンと共に育った。

ビックリマン・チョコとか、ゲームボーイとか。

これらの単語にピンときた貴方は、同世代(笑)

懐かしい...。

 

で、当時の少年たちが夢中になっていたゲームに、ドラゴンクエストがあった。

私も一緒に遊んだけど、女の私は冒険そのものより、女子キャラに惹かれた。

やっぱりそこは女の子だからね(笑)

 

特に好きだったのは、マーニャとミネア、という姉妹キャラだ。

 

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マーニャは姉で、グラマーな踊り子。派手で楽天的。

ミネアは妹。控えめだけど、理知的な占い師。

二人とも美人で、褐色の肌。好対照。

 

私はマーニャが好きで、

お絵かきをしたり、

彼女が主人公のお話を考えたりしたっけ。

 

お絵かきといえば、定番のお姫様も沢山書いたけれど、

私の書くお姫様は、必ずセクシーな戦闘服を着て、

長い髪はソバージュかパーマで、ヒールをはいて、

強くて戦いにも出れる、という感じで、

バービーとドラゴンボールが一体になったようなキャラだった。

 

その頃から、私の好み(こうなりたい、という意味でね)は

ハッキリしていた、と、何となく感慨深い思いになった。

だって、アラフォーになった今でも、好みが全く同じって...。

私は、華やかで強い女が好きなのだ。

 

80年代と言えばマドンナも絶好調で、

あの頃は英語の歌詞を全く理解していなかったにも関わらず、

ビデオ屋さんでCDをレンタルして、カセットにダビングしてた。

(↑この作業の意味が分かる人は、同年代か、年上! 笑)

 

マドンナ姉さんも、強い女の代名詞。

マドンナかマリリン・モンローか、と言われれば、断然マドンナ派だった。

彼女は当時から筋トレをして、割れた腹筋や筋の出た太ももを見せてた。

それを見て「カッコいい...」と心酔していた何十年も前の子供の私。

アラフォーの今も同じことやってるんだけど、成長していない...? (笑)

 

いや、やっぱり、好きなものは好きだ、ということの証拠。

 

「好き」なこと、っていうのは、個人を形成するべく

神様がそれぞれにくれた特色であると思う。

だから、堂々と好きであるべきだと思うし、楽しむべき。

私も含め、日本人には、

皆と同じであることでホッとする性質がどうしてもあるけれど、

皆が皆、同じ好みだったらつまらないし、

学びも新しいアイディアもないし、

恋人探しとかで競争率が上がって、喧嘩になるだろうしね。

 

周りに合わせて好みを変える必要はない。

 

40年以上生きてきて、色々な経験を通して、

妥協したり、完全に変わったり、飽きて違う趣旨になったことって沢山あるけど

ここへ来て未だに変わらないハッキリとした好み、というのは、

もう紛れもない私の性質の一つだと思う。

 

そして、単に好きなだけでなく、

40代になってまで、結婚して子供が出来て、

同世代の女友達が、料理とか子育てとか旅行とか言ってる中で

いつも飽きずに、筋肉うんぬん、強い女がうんぬん、言ってるというのは、

やっぱり特殊だ。

何かあるんだろう。

神様の目的、みたいな?

「これが貴方の特質なのだから、貴方の人生の中で、これで何かやりなさい」

という使命みたいな?

 

大袈裟だけど、最近思う。

ジムでも経営しなさい、ってこと?とか(笑)

 

貴方は、何が好き?

それは、貴方がこの地球で生きている間に、何かそれでやれば?って

神様が言っているのかもしれないよ。

貴方は、その為に生まれてきたのかもしれないよ。

 

 

カッコいい50代 (浜田麻里さん)

凄い50代シリーズ、第二弾。

 

この間は、私の中で永遠のNo.1、

姐さんことSHOW-YA寺田恵子さんについて語ったけれど

(後半、ファンレターというかラブレターのようになりましたが 笑)

第二弾は、寺田さんと同世代の、浜田麻里さん。

 

検索で出てきたSummer Sonic (サマソニ)のライブの様子を見て、

またもやビックリ。

感動。

 

何ですか、この人は...!?!? 

昔より、断然綺麗になってる!

何ですか、この歌唱力は?

昔より、数倍レベルアップしている!

失礼ですが、こんなに歌、上手かったっけ?

 

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お歳は既に50ちょい過ぎ。

寺田さんと同じく、現役のロッカー。

 

寺田さんはいい感じに年を取られて、

貫禄と色気がパワーアップしてたけど(メチャ好みです...目標として)

浜田さんは逆に、若返ってる!

なにこの透明感!

 

私の独断と偏見で、失礼を承知で言いたい放題解説させていただくと、

浜田さんには、80年代のロッカー・ファッションが似合っていなかった。

可愛らしい顔立ちの浜田さんを、逆にケバく見せていたと思う。

今のヘアスタイル、カラー、そしてメイクは、洗練した印象を与え、

浜田さんの本来の美しさを引き立てている。

 

すごいなあ。

進化する50代...

こちらも「おばさん化」とは無縁。

そして、若くない今、逆に「カッコいいロッカー」の名が、しっくりする。

 

こちらも、並大抵の努力の結果じゃないだろう。

やることをやっている人だけが出す、余裕のオーラだ。

20代・30代では、逆立ちしても得られないもの。

40代でも難しい。

 

自分より若い人たちが優秀なのは、頼もしくて嬉しいことだけど、

自分より上の世代が、太刀打ちできない程に凄いと思える瞬間、本当に幸せだ。

人間、まだまだ良くなれる...変われる...進化できる、って勇気をもらえるし

幾つであろうが、自分が好きでやりたいことをやっていいんだ、って

本気になっていいんだ、って教えてもらえるから。

 

さて、寺田さんも浜田さんも、未だ独身でおられる。

逆に、私には、家庭と子供と日常生活、という義務がある。

出来ることなら、何もせずに一日中ジムに籠って筋トレしていたいけど(←私のパッション 笑)、そうもいかない。

 

家庭や子供やその他の義務。それは大切だし、こなさなくてはいけない。

でもね、それでも、40代は日常生活に埋もれてはいけない、と思ったよ。

家族がいるから自分勝手に生きることは勿論出来ないけれど、

家族のせいにしてやりたいことを諦めては、家族にも失礼だ。

 

さ、明日も頑張ろう。

 

すごい50代シリーズ、続きます。

(まだまだいるよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母と娘

私の母は、完璧な人だ。

 

知的好奇心が豊富で、頭が良く、高学歴で一般教養もある。

文才も、運動神経も、色彩感覚も、音感も、センスも、何もかもずば抜けて良い。

何をやらせても器用にこなし、お茶、お花、琴、何でも来い、だ。

料理も服もプロ顔負けのレベルで作り上げる。

しかも、外へ働きに出れば、優秀な仕事人でもある(資格も沢山持つ)。

同時に、出しゃばらずに上品で奥ゆかしく、夫をたてる妻でもあり、

家事を完璧にこなす有能な主婦であり、

大学で児童心理学を学んだ経験を活かし、子供を上手に育てる賢い母でもあった。

敬虔なクリスチャンで、読書家で、常に勉強を怠らず、いつも朗らかで笑顔。

これだけ優秀なのに、エゴが皆無で謙虚な、見本の見本のような女性だ。

 

今でこそおばあちゃんだが、若い頃はかなりの美人でもあった。

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彼女の美しさは、典型的な日本人女性のそれ。

色白の綺麗な肌、黒い髪、小柄で凹凸のない、着物の似合うなで肩。

奥二重、小さな口。

この世代の日本人女性としては背は高いほうだけれど、

細いので、とにかく第一印象は、可憐、だ。

父親が一目ぼれしたのも、当然だろう。

 

父親に酷似で、大柄・色黒・多国籍な顔の私は、

自分が母の娘であると実感したことは余りない。

顔や体系は勿論、性格も才能も趣向も、母とは全く違う女が私だ。

 

でも、幸いにも、俗にいう「嫉妬」とか「劣等感」等の感情は全くなかった。

私は母に愛されて大事に育てられた幸せな娘であったし、

こんな女性が自分の母であることが誇らしく、彼女を尊敬していた。

余りにも自分とかけ離れている存在であったのは幼心にも明白で、

比べる気にもならなければ、不思議と「ああなりたい」と憧れることも余りなかった。

 

ただ、彼女が余りにも、女性として、母として、妻として

ロールモデルとして完璧だったので、

何かをする時には、やはり無意識に彼女を基準に考えていた自分がいたことも確かだ。

「母だったら、どうするだろうか」

「母だったら...」

 

外見は全く違うので、お手本にすることは余りない。

でも、生き方とか思考、その他ソフト(内面)で、

いつもどこかで「母のようにやれば上手くいく」と思っていた自分がいた。

 

でも、母と言えども、所詮は他人。

また、時代も状況も違う。

私の人生において、母のやり方が完璧にマッチするわけではない。

また、本質的に私達女二人は全く違うタイプなのだ。

上手くいく面が多少あっても、いかない面は必ず出てくるだろう。

 

子供が生まれ、育てていく過程で、いつもどこかで

「母が私に接したようにしなくては」と気負っている自分がいた。

今思えば母の子育ては素晴らしく、おかげさまで、

大変にひねくれた性格をしていた私でも、

グレずに(笑)大人になることが出来た。

母のような子育てをしないと、子供がちゃんと育たないような気がした。

 

問題は、「私は私」であることだ。

母のようにしてきても、いつもどこかで「なんか違う」と感じる自分がいた。

結果として上手くいくのだけれど、「私」がいないような気がした。

そんなこんなで、私は自分なりの内面の葛藤を、かれこれ10年以上してきた。

 

先日、寺田恵子さんの近状を知ったとき、彼女の動画をネットで見たとき、悟った。

ああ、これだ。

こういう生き方が、私らしい。

寺田さんを真似てロッカーになろうとかいうんじゃないよ?(笑)

私は私のやり方で、私を表現できるものを突き詰める生き方をしていきたい、

と確認したのだ。

例え、アラフォーでも。

例え、結婚していても、子供がいても。

 

母には理解できない感覚だろう。

彼女は家庭が好きで、あんなに仕事人としても優秀だったにも関わらず、主婦になることを選んで(その後、子供が成人すると仕事に復帰したけど)朗らかに笑って、家で布団を干すことに幸せを感じる女だ。

 

私は、戦う女でいる時に幸せを感じるタイプだ。

エゴが皆無の母と違って、私は好戦的でプライドの塊でもある。

でも、そのプライドを、他人を貶めるとかではなく、自分を高めることに使いたい、

そのために何かをやりたい、常にそんなことを考えているのが私だ。

 

やっぱり、筋トレを続けよう。

何か、新しいことを始めよう。

ちょっと派手な服も、やっぱり着続けよう。

息子と一緒に、トレーニングも続けよう。

髪も染め続けよう。

 

これでいい。

私は、私のやり方で、良い妻、良い母になればいい。

思えば当たり前のことだけど、こういうことが、実は結構難しい。

 

その昔、母は言った。

 

「女の生き方にはさ、自分が社長になるか、社長夫人になるか、の二通りがあるのよ。

私は社長夫人に幸せを感じるな」

 

勿論、社長がうんぬん、ではない。

脾兪として、ですよ。

 

お母さん、私はやっぱり、社長を目指して戦うことに幸せを感じるタイプですよ。

 

昔の自分も、そんなことを母に言ったと思う。

その時、彼女は嬉しそうに笑って頷いていた。