【たくましく美しく生きる術】Blog by Nina S.

人生、40歳からが本番 ~ パワフル&エレガント

【華麗な男たち】

今日の一歩

男性と過ごして、女っぷりを上げよう

 

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昔々の話...

 

20歳そこそこの若い私は、この国の5つ星ホテルの高級レストランで、ウェイトレスの見習いとして働いていた。

 

普通だったらそう簡単には入れない職場だが、当時は日本語が出来る人材は珍しく、特別に入れてもらえたのだ。

 

この国はマイナーで目立たなく、色々なところが世界基準から見ると遅れている。

しかし、流石にこのクラスの高級ホテルともなると話は別だ。

日本や他の先進国に劣らないレベルのサービスを提供していた。

 

外資系の有名チェーンということもあり、当時でも社内教育はかなり徹底しており、

始業前のグループごとのミーティングや朝礼などもしっかり行われていた。

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そこで、始業前に、うちのマネージャーがいつもスタッフへ放っていた言葉を今でも覚えている。

 

「いいか、諸君。サロン(レストラン)は舞台だ。

ランチでもディナーでも、コアタイムはたったの2~3時間だ。

 

君達は、俳優だ。

その3時間の間、決して気を抜くんじゃない。

 

常に優雅であれ。上質であれ。

お客様の目に耳に、麗しい存在であれ。

 

いくら現代社会がカジュアル支持になろうとも、不変のエレガンスというものがある。

 

上記のサロン・マネージャーは、当時40代。

短髪・漆黒のオールバック、燕尾服の細身の長身、大きな目。

古き良き時代の映画から出てきたような、典型的な伊達男だった。

 

奥さんと息子が一人いるとは聞いていたが、

ハウスキーピングの女の子たちに愛想をふりまいて陰でキャーキャー言われるような、

そして、その中でも群を抜いて美しい熟女と噂になるような、そんな男だった。

 

そんなプライベートでは曰く付きのドンファンでも、仕事はバリバリとこなしていた。

自分の仕事が何よりも好きで、サロンが好きで、プロフェッショナルで

常にジョークを言っては周りも笑わせ、その場に華を咲かせる天才だった。

 

部下である20~30代の給仕達は、彼の言葉に挑発されて、皆背筋を伸ばす。

 

ルックスで雇ったんじゃないかと思われるほど、長身・美形の男が約10人、

朝礼時に集まり、短髪・背広でビシっと決めるその姿は、ため息ものだった。

 

そして

 

夜の部に時々顔を出すレストランの支配人。

彼が来ると、その存在感に、スタッフのみならず客も圧倒されたものだ。

 

皆、彼が来ると喜ぶ。

その場に居合わせた幸運を、誰もが幸せに思う。

ここまでくると、ほとんど有名人と変わらない。

 

50代後半。

豊かな銀髪をキチンとセットし、グレーの三つ揃いの上質なスーツを完璧に着こなす。

どんなときにも慌てず、威厳と貫禄と、落ち着きの見本のような男だった。

 

支配人は、ホテルと繋がっている裏口から入る従業員スタッフとは違い、レストランの正面玄関から突然、お客のように入ってくる。

 

給仕の顔に緊張が走り、お客が手を挙げて彼を引き留める。

「Mr....., お久しぶり!」「Mr...., ご機嫌いかが?」

 

彼はなじみの客と2、3分ずつ雑談し、新しい客にあいさつを済ませると、

大抵バーの右側に座り、バーテンダーとマネージャーと3人で、あれこれ話し始める。

 

支配人が信頼を寄せるバーテンダーは、40代後半

背は低いが、がっしりとした体格に、金髪、緑の目と、低い低い声。

お喋りなマネージャーとは好対照な、クールで大人の魅力が漂う男だった。

 

「自分は別格」と言わんばかり、若い給仕の男連中にはわざと冷ややかな態度だったが、私には、柔らかな視線を向けて静かに話し、娘のように扱ってくれた。

昔はパイロットを目指していたが、目が悪くて挫折したと語ってくれたこともある。

 

私は支配人が来ると、エクスプレッソよりもっと強い、リストレットというコーヒーをお出しするように、マネージャーに言われていた。

 

由緒ある豪華な彫像品を飾り、テーブルや椅子、絨毯の類も、濃厚でどっしりとしている。それに、薄暗い空間。食事が載せられるテーブルを照らすランプ。

 

そんな時代を錯覚させるサロンの中で、

支配人は、エクスプレッソを半分の量にした強い強いリストレットのソーサーを

いかにも高そうな指輪をはめた指でつまみ、グイっと一飲みする。

 

その度にいつも、映画「ゴッドファーザー」のセットに入ったほうな感覚に陥ったものだ。

何時間もサロンで過ごすことがあっても、何かを食べている所は見たことがない。

 

余りにも完璧で俳優然としていて、現実味がなく、

この人ははたして自分と同じ人間だろうか、と思ったものだ。

 

家族がおり、当たり前に普通の生活をしている人だとマネージャーに聞いたことがあるが、一時も崩れない横顔を見る限り、とてもとてもその姿は想像できなかった。

アイドルや女優がトイレに行くところを想像できないのと同じ感覚だ。

 

 

あれからもう20年以上の年月が経つ。

 

私は、そのレストランで、唯一の女性スタッフだった。

当時の私は余りにも子供で、バーテンダーのみならず、マネージャーも支配人も、父親のような感覚で接していた。

彼らにとっても、私は単なる「お手伝いの女の子スタッフ」でしかなかった。

 

でも、今思い起こせば、彼らに「大人いい女」になる教育を沢山受けていたように思う。20代の小娘には気づけないほど、なんとも豪華で、贅沢な環境だった。

 

サロンに食事に来る客層は、大抵外国人か、現地の裕福層だ。

女性たちは、そろって着飾ってくる。モデル並みの美女が多い。

サロンの男たちは、そういう「美女」達には慣れ切っている所があった。

 

それでも、給仕が「おっ!」とつい声を漏らし

支配人とバーテンが視線を上げ

マネージャーが対応に飛んで行くような特別なオーラを出す女性が、相手の男性にエスコートされて優雅に入ってくることが時折あった。

 

 

 

当時の彼らと、恐らく対等に話せる年代であるアラフォーの今。

 

バーにもたれ、リストレットとシガレットを味わう支配人と

にこりともせず、静謐に、淡々とマルティーニを作るバーテンダー

そして、プレイボーイな笑みを浮かべる、サロン・マネージャー

 

まるで少女漫画の登場人物のような、しかし確かに実在した、華麗な男達

 

その顔を、佇まいを、20年経った今でもはっきりと思い出すことが出来る。

 

さて...

果たして、今の私は、当時の彼らがリアクションを起こすような女性になれているだろうか。

 

今となっては想像上だけの話だが、

それが今でも私の目標であり、美意識向上に役立っている。

【性格】は変えられる

今日の一歩

性格や心の健康は、情報と習慣でいくらでも改善できると知ろう

 

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美しくあるためには、健全なマインドが不可欠だ。

 

外見を筋トレで磨くことも重要だけれど、

中身(マインド)が澱んでいると、瞳が濁る。

頭の中もデトックスさせて、良質なものを入れなくてはいけない。

 

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健全なマインド維持の為に、カウンセラーに通うのが珍しくない今日この頃。

家族や友人に負担をかけない為に、専門家・プロに頼るのはいいと思う。

 

ただ、私は時間的・金銭的に余裕がないし、カウンセラーとの相性ってものもある。

カウンセラーとて同じ人間、万人に向いているとは限らない。

 

身近に、とても優秀で、プロとしても友人としても心から尊敬しているカウンセラーが2,3人いる。

なので、カウンセリングが苦手なわけでは決してない。

 

でも、有難いことに、私にカウンセラーの必要はない。

なぜなら、あくまでも私の場合に限ったことだが、

自己啓発書やブログが、その代わりを果たしてくれているからだ。

 

私は、小学生の頃から、父親の書斎で自己啓発書や実用書を読むのが好きだった。

 

今は本当に良い時代だ。

気になる自己啓発書は、電子書籍で直ぐに読める。

自己啓発ブログはそれこそ無限にあるし、ほぼ全て無料で読める。

 

移動時間を利用して、お気に入りの自己啓発ブログを2,3か所毎日チェックするようにしている。特に、朝の出勤時間。

帰宅時の移動中は、新しいブログを開拓する。

これらのブログが、気持ちをリフレッシュし、新しい気づきをくれ、やる気を高めてくれる。

 

まるで、パーソナル・アドバイザー、カウンセラー、トレーナー、ヒーラーなどを一気につけたような感覚だ。

 

好きなブログや記事はじっくり読み、合わないと思うものは読まない。

 

私はクリスチャン(プロテスタント)なので、基本的に「人生の目的がわからない」系の深い悩みはないし、人間関係や経済的な悩みなどもそれなりにマネージ出来ている。

 

「宇宙の真理」とかを謳うスピリチュアル的なものには興味はないし

「いかに楽して周りを蹴散らして自分だけ一等になるか」などという虚しい成功論にもなびかない。

 

ただ、

「アラフォー以降もキレイで在り続けるには」

「やりたいことをして豊かに生きる働き方とは」

「仕事で失敗した時、どう立ち直るか」

など

 

超・具体的なテーマで効果的なヒントを求めて、

今日も自己啓発ブログを読む。

もう長年、少なくとも10年ぐらいは続けている習慣だ。

 

これだけ自己啓発オタクになると、悟ることがある。

 

世間には沢山の教材(?)が溢れているけれど

結局は皆、同じことを言っている、と。

 

その表現の仕方や、実証している分野が違うだけで、

成功する・上手くいく・効率の良いやり方、というのは本当に存在する。

 

どこも似通った当たり前のことを言っている自己啓発書やブログを

いつでもいつまでも訪問して読んでいるのが習慣になっている私みたいなのを

自己啓発ノマデ」等と呼んで、揶揄することもあるらしい。

 

でも、私は「別にいいじゃない?」と思う派だ。

 

私は、この手のブログを日常的に毎日「摂取(目を通す)」することは

筋トレや歯磨き、サプリや入浴と同じ、と見る。

 

即ち、人生で一回だけドーンとやれば良しでそれで終わり、ではなく、

毎日毎日、継続的に、習慣化させてこそ意味があるものと見る。

だんだん、その考えや行動パターンが「当たり前」になっていくから。

 

 

思考は言葉に出る

言葉は行動に出る

行動は習慣となり

習慣は積み重なって性格となる

 

 

そうなったらしめたもの。

私の存在と理想の境目がなくなり、いずれはこれが私の性格(特徴)となる。

 

 

私のこのブログには、他のブログや本から教わったことが沢山登場する。

自分の心に響いたものを、改めて咀嚼し、吸収し、実感し、また自分なりに発信するようにしている。

 

例え他の誰にも役に立たないとしても

自分の為に書き起こすことで、更に自分の中に深く浸透する気がするからだ。

 

筋肉系【ミニマリスト】

今日の一歩

モノ好きエコ、ミニマル・シンプル、ボディ主義...自分なりの軸で生きよう

 

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私の祖母は、戦後何もない時期に苦労したからか

その後日本が豊かになっても、物が捨てられない人だった。

 

というわけで、祖父母の家には、モノが溢れていた。

 

飾り棚には、日本人形、置物、陶器が飾られ、

壁には絵画、写真、刀、賞状などの掛物...

本棚には本がぎっしり。

冷蔵庫もクローゼットも、常にパンパン。

更には、使用後のヨーグルトの容器やお菓子の箱までもが大事に保管され

わざわざそのための小部屋のようなものもあったぐらいだ。

「何かの役に立つかもしれない」と。

 

その娘、即ち私の母は、その逆を行くミニマリストだ。

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私が生まれ育った家は、祖母の家とは対照的な、超シンプル・モダンな空間。

ラボラトリーのようなキッチンやバスルーム。

シーツやタオルや下着は必ず白。

清潔で、整理整頓が行き届いており、無駄が一切ない。

 

母は、あっけからんとしていて、モノへの執着心が皆無だ。

溜めない、買わない、持たない。

家には、いつも必要最低限のモノしかなかった。

 

食料品でも衣服でも、母はセールに踊らされた買いだめというものを絶対にしない。

 

「フランス人は10着しか服を持たない」という本があるが

それを昭和の日本で地でいく女が、うちの母だった(今でもそうだ)。

 

 

 

どちらが良いか悪いかではない。

好みの問題、生き方の問題、価値観の問題だ。

別にどちらでも、自分が気持ちよく納得して生きれるのであれば、それが正解。

 

私は、祖母と母の中間ぐらいだ。

母ほどのミニマリストではない。

下着もタオルも派手な色が好みだ(笑)

ただ、ごちゃごちゃとモノが溢れる空間は苦手、という程度。

(第一、掃除が大変!)

 

 

あわよくば

 

モノは素敵だけど、家は素敵だけど...と思われるより

 

モノなんかに目が行かない程、貴方が鮮やか

家はシンプルだけど、貴方という存在が何よりの飾り

 

って思われるのが理想だ。

 

「勿体ない」のエコ精神で、多くのモノにこだわった1代目(祖母)

ミニマリストで、合理化と洗練にこだわった2代目(母)

.......

3代目の私は、もはや空間よりも、自分そのものにこだわりたい。

 

【体】は常に、自分と一緒

今日の一歩

筋トレしよう!100%報われる

 

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キレイになりたい

自信を持ちたい

前向きに生きたい

...

 

そういう人には、何よりも筋トレをおすすめする。

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私は『筋トレ社長』さんのファンだ。

彼のモットー『人生の悩みは、筋トレで解決する』に、共感する。

 

 

私自身の人生でも、実践済みだ。

 

まず、筋トレは、愚直にやってれば全員にもれなく結果が出る。

あ、ちゃんとしたフォームでやること前提ね。下手するとケガします...

 

これ、『真面目でコツコツ』が得意な我々日本人には、ありがたい。

報われる感、が、たまらない。

 

今は、短時間で効果的に成果を出すコツやテクニックが研究しまくられていて、

しかもそれらの情報がお手軽に入る...

 

『真面目にコツコツ』は時代遅れの感に囚われる現在には、涙モノのありがたさだ。

幾ら時代が変わっても、不変かつ普遍の事実は存在する。

 

 

そして、もう一つ。

それは、私たちは、各々『自分(体)』とは、離れて生きることが出来ない、という

なんか哲学的な響きになってしまったけれど、超あたりまえ・簡単な事実だ。

 

筋トレで鍛えられたカッコいい体は、絶対にいつも自分と一緒、ということ。

 

ということは、

知性・教養や(大事だけど)服や車やモノや連れ人や所属先にこだわらなくても

『あなた』という存在(見た目ね)そのものが筋トレで改良されると

 

何もしなくても、何もなくても、一人でも

キレイに、または、カッコよくなれるのだ。

なんたる効率の良さ!

 

もうバスに乗ろうが病気であろうが納豆食べようが(笑)

白シャツにジーンズ、スニーカーでノーメイクでも

または、寝起きのぼさぼさ髪の姿でも

 

周りの人にはキレイだと思われ

自分でも『自分、いい感じ』と思える

これ、凄くない?

 

 

必死に勉強をして教養を身に付け(大事なことですがね)

沢山の資格をとり

誰もが羨む一流企業で高給取り

 

エレガントにオシャレをして

カッコいい車に乗り

スペックの高い人をパートナーにして

 

可愛らしい子宝にも恵まれ、などという人がいたとする

 

外見(体)を磨かなくても

自信やカッコよさ、というのは、

こんな感じで経済的・精神的な成長からも大いに得られる

 

だけど

 

内面・知識の向上は、残念ながら、外からは見えにくい(自分には、もっと見えない)

資格や会社での活躍は、他の人から見ればなんてことないものかもしれないし

第一、得られるのには相当の努力と犠牲が必須。

 

シックな服も、プールや温泉に入るには、脱がなくてはいけない

どんなにカッコいい車で乗り付けても、レストランに入るときは、車から降りる。

 

住んでいる家がどんなに豪華でも、家から出れば、他人の目に映るのは自分のみだ。

まして、パートナーや家族は、他の人間。

一人になれば、あなたはあなた。

 

それに加えて、筋トレは簡単・確実。

やった報酬は全て自分に来るし、

他人も自分も、その進歩に否応なく気づく。

 

認められる。

それが、紛れもない自信となる。

そして、その自信が、鍛えられた体に、一層の輝きを与える。

 

これを経験すると、人は変わる。

人生は本当に前向きに進めることが出来るのだ、と信じられるようになる。

 

筋トレは、正義だ(by 筋トレ社長様)

 

私は外国に住んで長くなるが(20年以上)

日本の外にいると、冷静に、我々『日本人』について観察が出来る。

 

私の感想... 

 

日本人は、外見的にもっとキレイになれるし、なるべきだと思う。

 

内面やモノの充実も素晴らしいけれど、

日本人は平均的に、それらはもうかなりクリアしているから。

 

じゃ、あんたはさぞかしおキレイなんでしょうね?と言われると、苦笑いですが(笑)

異国の地で、日本人代表として見苦しくないよう、最善の努力をしています。

 

で、筋トレを欠かさないカラダには、静かな自信があります。

他人を見下したり他人と比べたりするのではない、自分だけの根拠ない充実感。

 

本当に謙虚な気持ちで、外見のことや気持ちの持ち方でストレスを抱え、悩み苦しんでいる日本人に

何か気づきを与えることが出来たら、と思っています。

 

 

バーチャルの世界の自分をカッコよくすることに専念しても

ご飯を食べ、買い物に出る時に使う体は自分のものだ。

 

自分に付きまとい、絶対に離れられないのだったら、こっちをどうにか良くしたほうが絶対に効率がいい。

 

生身の自分が少しでもよくなると、リア充どころではない、人生が激変する。

断言する。

 

今後、日本人に筋トレ文化を浸透させる啓蒙活動に関わっていきたいなあ、と思う今日この頃でした。

【キャンプ】でも、崩れない美

今日の一歩

モノやシチュエーションを問わない美を目指そう

 

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連休を利用して、家族でキャンプに行ってきた。

 

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私はかつて、キャンプやアウトドアが苦手だった。

 

ジャズがかかる空間、オシャレな大人が行きかう、高級ホテルのレストランやバー...

そういう場所がかつての職場であり、また、私が何よりも好む世界だった。

その対極にあるものがキャンプだと思い、自分とは縁のないものだと思っていた。

 

キャンプでは、入浴もままならない。

お肌の手入れやらお化粧やらには、快適なバスルームが不可欠なのに、それがない。

 

虫もいるし、ヒールを脱いでスニーカーでいなきゃいけないし、オシャレとは程遠い。

キャンプとは、いつも綺麗でいたい女性が行くところではない、と思っていた。

 

 

キャンプは余り好きではないという事実は、実は今でも変わらない。

ただ、180度変わったものがある。

私の、見方・在り方だ。

 

 

私の旦那は、堅実で、無駄な出費は一切したくないタイプの人間だ。

たまの休みに出かけるとしたら、高いホテルの宿泊代を払うより、経済的に、かつ非日常を楽しみたい、と常に言う。

 

また、キャンプを張ったり、自然の中でバーベキューをしたりする為の、膨大な準備や後片付けのもろもろを、面倒くさがるということをしない。

 

何もかも全部彼がやってくれるので、じゃあそれならいいか、と、

かくして、彼と一緒になってからは、常にという訳ではないけれど

キャンプやアウトドアにちょくちょく出るようになった。

 

日本のバブル期の恩恵にあずかり、(当時の日本の平均的な)贅沢を楽しんできた20代の私。

周りもそうだったし、雑誌の特集でもそうだし、という感じで、ブランド物の基礎化粧品やらなにやら、お手入れ用品を使用するのがその当時の日課だった。

 

逆に、それがないと、外行きの自分が作れないので、大変だった。

 

ゆえに、キャンプで1泊するだけでも、シャンプー、リンス、トリートメント、洗顔ジェル、石鹸、乳液、クリーム、保湿クリーム、目元クリーム......などなど、スーツケース1つほどの大袈裟な身の回り品を持って行き、当時は彼氏だった旦那にあきられたものだ。

 

それが、筋トレをするようになり、小手先テクではないオシャレや本質をついたキレイを追求していく中で、「キレイであるとはどういうことか」に対する自分の概念が出来上がるにつれて、持ち物や考え方が変わっていったのだ。

 

筋トレをすると、まず服や装飾品より、体そのものがなによりの見世物(かざり)となる。

だから、オシャレな服やら靴やらアクセがいらなくなる。

 

また、健康志向になるので、食生活が変わり、肌の調子が良くなる。

そうすると、下手にお化粧でごまかさなくても、マスカラ1つでも塗れば、生き生きした印象になる。そうなると、クリームやらなんやらも、必要なくなる。

 

つまり、モノに頼らなくてもOKな自分になれるのだ。

 

 

キャンプではお化粧はないので、

基本的に、夜寝る前の洗顔は無用だ。

 

日中日焼け止めをたっぷり塗ったので、シャワーを浴びる、というときも

シャンプー&リンス、石鹸、ニベアの青缶だけで済む。

いつの間にか、石鹸で顔を洗っても大丈夫な肌になったからだ。

 

昔は、「敏感肌」だと信じて疑わず

高いブランド物の洗顔フォームを使用していた。

ニベアの青缶は、髪にも顔にも体にも、リップにも使用する。

 

 

それでも、20代の頃より断然今の肌のほうが調子がいい。

 

無駄な肉がなく、筋肉があり、健康的な肌

体にフィットした上質なシャツとジーンズ、粋なスニーカーと

カッコいいトレーナー

 

これだけで、というか、これさえあれば、

クリームを5つ塗らなくても、お化粧しなくても、

ごてごてした飾りがなくても、とてもスタイリッシュにキレイになれる。

 

これに気づいてからというもの、

キャンプというものへの私の印象は、全く違うものになった。

 

日々の都会の生活の中で、化粧品やら装飾品やらの数がいつの間にか増えていく中

時々キャンプに出て、粗食(?)とシンプルライフで、心も体も余分なものをそぎ落とすようにするのが、最近は結構楽しみになってきている。

 

 

 

 

 

 

細部の美より、【パッと見キレイ】

今日の一歩

ちょっと離れた所から見た自分の全体像がキレイか、確認しよう

 

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美のカリスマ氏のブログに、「人の目に美しく映りたかったら、細部よりも全体像に注意すべき」とあった。

 

その通り!

 

日本人は、細部に敏感。

ネイルアート、趣味の良いアクセサリー、完璧なメイク。

同胞として大変誇りに思う。

 

でも、悲しいかな、そんなにセンスがいいのに

道端で、見惚れてしまう程インパクトを与えてくれる日本人女性に会えることは、余りない。

大体、ネイルアートも綺麗な眉毛も、相当接近しないと見えないし。

 

よく、男性受けが良いネイルアートとかを話題にしているサイトを見るけれど

そんなものどうでもいいと思ってる男性が、実際は大半だと思う。

 

キレイに施したネイルなんかより、胸とお尻が程よくあって、痩せでもおデブでもない体、長い髪、にこやかな笑顔、なんかの王道のほうが、男性受けはいいに決まってる。

女性誌の「男性はこんな女性が好きです!」みたいなランキングには、そんなコメントは出ないとしても(笑)

 

その本題をすり抜けて、細部ばかりを気にしても(キレイに見える、という目的の前には)意味がない、ということだ。

 

全体像というと、ボディーラインを崩さないこともそうだけど、服やバッグ、靴などのコーディネートも欠かせない。

このことを考えさせられる人に、今日帰宅時に会った。

 

ダウンタウンの、オフィス街。駅に向かう道。

男性も女性も40半ば風の、大人のカップルが、帰宅途中の私の前を歩いていた。

いかにもやり手な感じの、カッコいい中年の男性はスーツ姿。完璧。

 

さて、問題は連れの女性。

彼女も、キャリアウーマン風の、シックな色のタイトスカートのスーツで決めている。

金髪で、痩せても太ってもいない、長身の彼女。

男性の腕を組み、嬉しそうに話しかける。

 

「大人のエレガントなカップル」になれそうな二人。

 

が、それを台無しにする、非常に残念な女性のアイテムが私の目を引いた。

彼女が背中に背負った、ピンクやら黄色やらがゴタゴタ混ざった色の、安っぽいリュックサックだ。

 

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なぜにリュック?

 

いや、仕事の合間にジムに行ったのであろう事情は、わかる。

それは良しとする(私も行くし)。

でも、ティーンエイジャーが使うようなチャラいリュックは、私達の年齢の女がスーツで決めている時、特に、男性と二人きりで歩くときは、ダメ絶対!

 

ここはシックなスポーツバッグか、小娘では買えない・使いこなせない、って感じの、上質なリュックにしてほしかった...

 

で、重いだろうけど

両腕を入れて、ランドセルみたいに背負っちゃ、もうキレイも色気もへったくれもない。そこだけ、小学生の遠足だ。

 

私は彼らの1.5メートルぐらい後ろを歩いていたけれど

ハッキリ言って、そのリュックさえなければ、彼女はかなりいい女の類に見えただろう。

 

彼女のお化粧の濃さとか、アクセサリーとか、そんなものは1mも離れればもはや見えない。それよりなにより、そのリュックのせいで、彼女の全体像は台無しだった。

 

 

 私は40を過ぎてから、潔く、20代の頃から使ってきている安物のバッグやいかにもギャルっぽい服、好きだけど崩して古くなった靴などは、処分することにした。

 

 気持ちは若いとはいえ(笑)、肌の艶や体のラインや雰囲気が20代の頃とは全然違う今、それらのものを見に着けていると、やはり何かがおかしいのだ。

 

ここで絶対に意味を取り違えてはいけないのは、地味になる必要はないってこと。

シンプル・イズ・ベストにならないことだ。

ここを間違えて解釈すると、ハデなおばさん化は避けられても、乾涸びて性別も解らない、カサカサなおじいさん化してしまう。

 

何が似合うか似合わないか...

ネットでも本でもいいから研究したり、プロの定員さんに助言を求めたりして

鏡の前であれこれ試してみるといいと思う。

 

私が個人的に嬉しいのは、小娘時代に背伸びしてると見られたことが、今なら逆に、粋に、サマになることだ。

 

例えば、ジーンズに赤いハイヒール、赤いネイル。

例えば、日焼けした肌に(私は自黒ですが 笑)金髪に近い髪(上品にお手入れされていることが必須)と金のアクセサリー。

ブランド物の、皮のバッグ。

 

誰でも、40過ぎれば、苦労の一つや二つはしてきている。

経験豊富なアラフォーの顔や雰囲気は、これらのアイテムの重さにもはや負けない。

 

アラフォーの皆さん...嘆いている場合ではないです。

これからは、マダムっぽいゴージャス&シックなオシャレにも、大いに挑戦できる歳。

マダムっぽくしても、どっぷりマダムになるには、40代の肌はまだまだ若い。

 

そのギャップが、とてもいい塩梅なのが今の時期じゃないかな?

楽しまなければ損!

 

【松竹梅千秋】という女(有閑倶楽部)

今日の一歩

「清く、強く、美しい」アラフォーになろう

 

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有閑倶楽部、の原作漫画が好きだ。

 

アラフォーの私は、『月刊りぼん』でリアルタイムで見た年代

コミックも、全巻揃えていた友人宅で、何度も繰り返し読んだ。

 

 

 

少女漫画「有閑倶楽部」が何年か前にドラマ化されて、反響を呼んだニュースをネットで見たけれど、別に見ようとは思わなかった。

 

ドラマ化が嫌いなわけではないけれど、

私の中の「有閑倶楽部の世界」が壊されるのが嫌なのだ。

 

あの世界は、一条ゆかり先生の画風でもってこそ奏でられる、と思っている。

 

有閑倶楽部は、当時大好きだった漫画だ。

あの頃小学生(?)だった自分は、余り深く考えずに、ただ単にストーリーを楽しんでいたかな、と思う。

 

でも、アラフォーで母となった今は、有閑倶楽部メンバー6人の親たちに興味が行く。

 

昔から好きで憧れてて、

今読み返してみてもやっぱり魅了されるのは、

ドラマ版では主人公となっている、松竹梅魅録の母、千秋さんだ。

 

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☝千秋さんのイメージ(笑)

 

以下、Wikipediaより

有閑倶楽部 - Wikipedia

松竹梅 千秋(しょうちくばい ちあき)魅録の母。

性格も容姿も若々しく、旦那の時宗も「時宗ちゃん」と呼んでいる。実の息子である魅録にも「千秋さん」と呼ばせているが年齢は「若く見えるが40歳はとうに過ぎてる」との事。元華族・和貴泉(わきいずみ)家令嬢。「和貴泉倶楽部」という海外リゾート開発事業に携わっており、そのため海外で過ごす事が多く、日本に滞在しているのは稀である。時宗からは初対面時売春婦と勘違いされた。その後、自分に一目惚れした時宗にストーキングされている内に気に入ったようでプロポーズを受ける。お互いに「ちゃん付けで呼ぶ」ようにし、誕生日には、抱えきれないほどの花束を持って逢いに来ないと離婚すると時宗に言っているが、ただし誕生日の終わる一分前に来てもセーフでありそれで離婚を免れたことがある、またその時は本物の花ではなくケーキのデコレーションが花束になっていたためOKを出している。なお魅録の性格は彼女からの影響が強い。ちなみに魅録が女装したところ彼女に似ていたことで軽くショックを受けていた。万作は彼女のことを百合子とは違うベクトルで怖い人と称している。

 

この中の、「性格も容姿も若々しく」「若く見えるが、40歳はとうに過ぎている」が、彼女を語る上では欠かせない要素だ。

 

この漫画が出た1980年代当時は、まだこういう女性は珍しかっただろう。

子供のいる40代は完璧中年、エプロン付けたお母さん、が普通だったし。

 

私自身の母親は、世間一般の母親とはまたかなり違った部類の女だったけど

妻・母ではあっても、「幾つになっても女として現役」という千秋さんタイプではなかった。

 

千秋さんタイプとは

女・妻・母の三位一体(笑)

既婚で子有のアラフォー...なのに、「女」としての個の美しさがまず際立つタイプだ

 

昭和・平成初期時代、私の周りにはいなかったタイプの中年女

 

それだけに、憧れて、

以降、寺田恵子さんや夏木マリさん同様

目標とする女性の(イメージや生き方、心意気、と言う意味で)の一人になってきた。

 

特に結婚し、子供が生まれてからは

道を外さずに(不倫や育児放棄に走らずに)いかに所帯じみず、いかに魅力的で魅惑的な女でい続けるかを考えるにあたり、何度も頭に浮かぶのが彼女。

 

この千秋さんから、アラフォー妻&ママが具体的に学べる要素を具体的に紹介する↓

 

1.まずは自分(自分の人生において、やることがある)

2.幾つになっても、女である(容姿維持のための努力を怠らない。はい、基本ですね)

3. 子供にうるさくしない(でも、必要な時にはいる)

4.旦那にも干渉しない(でも、お互いアツアツ)

5.余裕がある。自分で何もかも背負い込まない。自分が不得意・やらなくても済むことは、他人に任せる(お手伝いさん・乳母さんがいる)。その代わり、自分は自分のやるべき責任を果たす(千秋さんの場合は、ビジネス)

 

どう?

見た目は、エプロン付けてお料理上手で良妻賢母、でも、

いつもせかせか、バタバタで

旦那や子供にガミガミ、うんざりで、

なんで自分の人生こんななんだろ、と不満ばっかりで

そのはけ口に、密かに不倫とかしてしまっている女より

 

見た目は「妻・母親としてどうなの?」でも

ゆったり毅然としていて、口数は少ないけれどイイ女

千秋さんのほうが10000倍、良妻賢母じゃない?

 

実際(漫画だけどw)、千秋さんの旦那さんは、千秋さんにベタぼれだ。

高校生の息子がいる、熟年カップルですよ?

 

で、イケメンでちょっと不良がかった

息子の魅録君も、千秋さんには頭が上がらない。

口には出さなくとも、その筋の通った生き方を尊敬し、

いつまでたっても母親が綺麗であることを、照れながらも誇りに思っているのだろう。

 

ネットの情報なのでどこまで本当だかは知らないけれど

一条ゆかり先生は、有閑倶楽部のドラマ化の際

千秋さんは是非夏木マリさんで、とお願いしたそうだ。

結局、スケジュール上都合が合わずに秋吉久美子さんになったらしい。

 

夏木マリさん希望、というところで、にやりとした。

そうですよ、先生。そのとおり。

千秋さんを現実世界でやれるのは、恐らく彼女しかいない。

 

千秋さんは、秋吉さんのような、年齢不詳のほんわか美人(注 褒め言葉ですよ)ではない。

千秋さんのあの顔、あの目...「元ヤンキーねーちゃん」ですよ。

あの強い目は、ヤンキーとか、それ相応の人生(別にグレてなくてもそういう人生経験ってあるでしょ)の修羅場をくぐり、人生のあれこれを知っている人の目。

 

しかも、ただのつっぱりねーちゃんではないのだ。

酸いも甘いも嚙み分けた、というか。

華族出身、凄腕キャリアウーマン...これらの要素も入れなくてはならないし

しかも、彼女はお色気路線ではない。

そんな軽いものは超越している(だから、杉本彩氏も、千秋さんキャストには向かない)。

 

家庭円満(清く)

腹のすわった人間性(強く)

衰えない美貌(美しく)

 

はい、3拍子揃いました。

松竹梅千秋さん...貴方は確実に、今後も私の目標とする女性の一人です。