アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

母と娘

私の母は、完璧な人だ。

 

知的好奇心が豊富で、頭が良く、高学歴で一般教養もある。

文才も、運動神経も、色彩感覚も、音感も、センスも、何もかもずば抜けて良い。

何をやらせても器用にこなし、お茶、お花、琴、何でも来い、だ。

料理も服もプロ顔負けのレベルで作り上げる。

しかも、外へ働きに出れば、優秀な仕事人でもある(資格も沢山持つ)。

同時に、出しゃばらずに上品で奥ゆかしく、夫をたてる妻でもあり、

家事を完璧にこなす有能な主婦であり、

大学で児童心理学を学んだ経験を活かし、子供を上手に育てる賢い母でもあった。

敬虔なクリスチャンで、読書家で、常に勉強を怠らず、いつも朗らかで笑顔。

これだけ優秀なのに、エゴが皆無で謙虚な、見本の見本のような女性だ。

 

今でこそおばあちゃんだが、若い頃はかなりの美人でもあった。

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彼女の美しさは、典型的な日本人女性のそれ。

色白の綺麗な肌、黒い髪、小柄で凹凸のない、着物の似合うなで肩。

奥二重、小さな口。

この世代の日本人女性としては背は高いほうだけれど、

細いので、とにかく第一印象は、可憐、だ。

父親が一目ぼれしたのも、当然だろう。

 

父親に酷似で、大柄・色黒・多国籍な顔の私は、

自分が母の娘であると実感したことは余りない。

顔や体系は勿論、性格も才能も趣向も、母とは全く違う女が私だ。

 

でも、幸いにも、俗にいう「嫉妬」とか「劣等感」等の感情は全くなかった。

私は母に愛されて大事に育てられた幸せな娘であったし、

こんな女性が自分の母であることが誇らしく、彼女を尊敬していた。

余りにも自分とかけ離れている存在であったのは幼心にも明白で、

比べる気にもならなければ、不思議と「ああなりたい」と憧れることも余りなかった。

 

ただ、彼女が余りにも、女性として、母として、妻として

ロールモデルとして完璧だったので、

何かをする時には、やはり無意識に彼女を基準に考えていた自分がいたことも確かだ。

「母だったら、どうするだろうか」

「母だったら...」

 

外見は全く違うので、お手本にすることは余りない。

でも、生き方とか思考、その他ソフト(内面)で、

いつもどこかで「母のようにやれば上手くいく」と思っていた自分がいた。

 

でも、母と言えども、所詮は他人。

また、時代も状況も違う。

私の人生において、母のやり方が完璧にマッチするわけではない。

また、本質的に私達女二人は全く違うタイプなのだ。

上手くいく面が多少あっても、いかない面は必ず出てくるだろう。

 

子供が生まれ、育てていく過程で、いつもどこかで

「母が私に接したようにしなくては」と気負っている自分がいた。

今思えば母の子育ては素晴らしく、おかげさまで、

大変にひねくれた性格をしていた私でも、

グレずに(笑)大人になることが出来た。

母のような子育てをしないと、子供がちゃんと育たないような気がした。

 

問題は、「私は私」であることだ。

母のようにしてきても、いつもどこかで「なんか違う」と感じる自分がいた。

結果として上手くいくのだけれど、「私」がいないような気がした。

そんなこんなで、私は自分なりの内面の葛藤を、かれこれ10年以上してきた。

 

先日、寺田恵子さんの近状を知ったとき、彼女の動画をネットで見たとき、悟った。

ああ、これだ。

こういう生き方が、私らしい。

寺田さんを真似てロッカーになろうとかいうんじゃないよ?(笑)

私は私のやり方で、私を表現できるものを突き詰める生き方をしていきたい、

と確認したのだ。

例え、アラフォーでも。

例え、結婚していても、子供がいても。

 

母には理解できない感覚だろう。

彼女は家庭が好きで、あんなに仕事人としても優秀だったにも関わらず、主婦になることを選んで(その後、子供が成人すると仕事に復帰したけど)朗らかに笑って、家で布団を干すことに幸せを感じる女だ。

 

私は、戦う女でいる時に幸せを感じるタイプだ。

エゴが皆無の母と違って、私は好戦的でプライドの塊でもある。

でも、そのプライドを、他人を貶めるとかではなく、自分を高めることに使いたい、

そのために何かをやりたい、常にそんなことを考えているのが私だ。

 

やっぱり、筋トレを続けよう。

何か、新しいことを始めよう。

ちょっと派手な服も、やっぱり着続けよう。

息子と一緒に、トレーニングも続けよう。

髪も染め続けよう。

 

これでいい。

私は、私のやり方で、良い妻、良い母になればいい。

思えば当たり前のことだけど、こういうことが、実は結構難しい。

 

その昔、母は言った。

 

「女の生き方にはさ、自分が社長になるか、社長夫人になるか、の二通りがあるのよ。

私は社長夫人に幸せを感じるな」

 

勿論、社長がうんぬん、ではない。

脾兪として、ですよ。

 

お母さん、私はやっぱり、社長を目指して戦うことに幸せを感じるタイプですよ。

 

昔の自分も、そんなことを母に言ったと思う。

その時、彼女は嬉しそうに笑って頷いていた。