アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

子育ての極意

「僕、大きくなったらスポーツ選手になる」

 

小学生低学年の、息子の言葉だ。

土曜の今日は、練習試合。

嬉しそうに出かけていく。

 

息子は半分外国人なので体が大きく、恵まれていると思う。

運動神経もまあまあ良いほうだし、スタミナもある。

そして、私譲りの、生意気で好戦的な強い性格。

スポーツ選手になれそうな要素、結構あるんじゃないか?と、

自身が元・体育会系のスポーツ好きな親バカは、嬉しくて内心期待してしまう。

 

 

「ま、この年頃の男の子は皆そうだよね」と自分に言い聞かせ、頭を冷やす。

「いいね。じゃ、頑張りな。応援するから」とだけ言っておく。

 

 

子供と自分を一緒くたにして、

子供の人生=自分の人生、とするのは避けたい。

 

 

年がら年中子供のことしか考えず、自分の子供が自分の人生の100%、という親もいるけれど(この国には、多い...)、

そして、それは確かに「愛されているねえ、子供」という印象を与えるけれど、

そして、子供に虐待したり無関心な親よりよっぽどいいけれど...

 

「子供の夢を全力で応援」は、聞こえこそ良いけれど、結局は親の自己満足ではないか、と思ってしまうのだ。

子供が主人公の人生に参加して、脇役のくせにやたら存在感が大きいなんて、うざい。

 

親は、いくつであろうが、自分自身の人生で主人公になることを目指さなくてはいけない。

 

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超一流スポーツ選手の家に生まれた、とかならともかく、

一般人であるうちの場合、子供の夢や目標や計画は、子供自身が抱き、選び、手に入れるのが無難だろうと思う。

 

私は、かなり小さい頃から、本格的にスポーツをしてきた。

高校では全国大会に出場するような強豪チームの一員であったから、どう体を鍛えればよいか、どういう食生活を送るべきか、メンタル・トレーニングのコツ等、息子が必要であれば少なからず協力できると自負している。

子供がその年では考え付かないであろう選択肢に気づかせ、衣食住の環境を整え、励まし、落ち込んだら奮い立たせる、ぐらいはしてやるつもりだ。

 

でも、結果として挫折し、別な道を選んだとしても、

親である私自身は揺らぐことなく「そっか。じゃ、そっちの道で頑張ってね」とあっさり言えるぐらいの余裕を持ちたい。

 

 

息子がプロを目指したいのであれば、目指せばよい。

その為の援助や応援は、惜しまない。

でも、私は自分自身の夢や目標を第一に生きる。

 

 

かなり前から筋トレをしているが、先週はついに、

前から始めたかった戦闘系エアロビのレッスンも追加した。

 

これ、ボクシングや武道の動きを取り入れたエアロビで、物凄いハード。

通常の感覚から言えば、とてもアラフォーの女性がするものではない。

でも、初回で、既に虜になってしまった。

体は悲鳴をあげているけれど、直ぐに慣れるだろう、という感覚がある。

大昔に部活の合宿で夜中まで練習をした、あの感覚だ。

自分を追いつめて、そこから向上する、あの感覚。

まだまだ、いける。

そこには、「母」である自分はいない。

 こうして徐々にトレーニングの域を強めて、アラフィフぐらいになったら、専門家として、体や健康に携わる何かをしたい、というのが私の夢だ。

はっきりいって、私はこのことに夢中で、いい意味で息子の夢に構っている暇はない。

 

そんな私の姿をちっちゃい頃から見ているからか、

もしくは、まだ走れば私のほうが早く、戦えば(遊びですよ)彼を投げ飛ばすことが出き、家でも息子を上にのせて腕立て伏せなどをしているからか、

父親や姉には生意気で反抗的な彼は、私に対しては、どこかしら彼らにはないリスペクトを見せてくれる。

 

「僕、大きくなったらスポーツ選手になる。ママは、僕の専属コーチね」

 

コーチか。

悪くないね。

じゃ、説得力のあるコーチにならねばね。

 

非常にカッコつけマンな言い方で気恥ずかしいけれど、

ガミガミとうるさく言って子供を躾るのではなく、

自分の生き様から、子供が何か感じ取ってくれれば良い、と思っている。