アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

クリスマスの意味

今年ももうすぐクリスマス。

 

「師走」という名の通り、バタバタして忙しくもあるけれど、

私は12月が大好きだ。

プレゼントや、親しい人との集まり... ウキウキして、幸せな気分になる。

そして、もうすぐ今年が終わって新しい年が始められるという、「リセット」感が好きなのだ。

今年はいまいちだったかな...でも、もうすぐ新年じゃない?来年はがんばろう!的な(笑)

 

今年、色々な変化があり、沢山挑戦した。

失敗も沢山した。

そして、その都度、学んだ。

 

挑戦すればするだけ、失敗する可能性が高くなるのは必然的。

それは、いい歳こいても(=アラフォー)同じこと。

 

大事なのは、反省ではなく、足りなかった部分を認識し、解決に向かう事だ。

今年の失敗の内容は、来年の成功前のトライアルのようなものだ。

だから、結果的に「成功!」とは言えない状況でも、私は今年やってきたことにとても満足している。

 

そう見ると、明るくない?

希望が出てくるでしょ?

 

 

 

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さて。

 

クリスチャンの自分にとって、クリスマスは、厳かな気持ちにもなる時期だ。

厳か、と言っても、緊張ではない。

落ち着いた、幸せだ。

 

クリスチャンのクリスマスの幸せというのは、

一人でしみじみと感じ、自分はなんて恵まれているんだろう、と静かに思えることなのだ。

 

前述の「失敗・成功」の捉え方と言い、

私は良く人様に「ポジティブですね~」と褒めていただくことがあるが、

ポジティブというより、クリスチャンなのだ。

 

ポジティブ思考は、勿論とても大事だ。

人生を上手に生きる為の基本ともいえる。

脳は考えていることと現実を区別できないみたいなので、

余計な心配をしたりすると、起きてもいないことで余計なストレスを感じるし、

ネガティブから派生されることに、良い事は殆どない。

 

でも

ポジティブ思考だけでは突破できないことが溢れているのが、実際の世の中だ。

不利・不平等、犯罪や事件や災害に巻き込まれること、病気...その他、ありとあらゆる不幸。

説明のつかない、悲しい苦しい辛い出来事で溢れているのが、

理想論や綺麗ごとではない、生々しい私たちの人生。

 

それへの対処法をGoogle先生に聞いてみても

巷に溢れる「成功術」「幸せになる方法」...etc の情報を読んでも

ベストセラーを読んでも

誰かがある成功法を教えていても

他の誰かは全く正反対のことを言っている

どちらを選べばいいの?となること、あるよね。

 

そして、

教えそのものは正論でありがたくとも

それについていけないどうしようもない自分もいたり。

 

クリスチャンには、聖書と言う絶対的な指南書がある。

私は自己啓発書が好きで、これまで百冊以上は読んできたけれど

大体成功するルールのようなものは古今東西みごとに似通っていて、

そしてそれらは、全て聖書の教えに通じている。

絶対的な「これ」というのは、存在する。

それが、聖書。

 

そして、クリスチャンには、死後に始まる、本当の人生が約束されている。

この世というのは、死んでから始まる人生の予行練習なのだ。

だから、辛い出来事や理解不可能な不幸などは、全て意味がある筋トレのようなもの(神様がわざとそう起こるように仕向けたのではないですよ...長くなるので説明は省きますが)。

 

だから、この世での「成功」は、生きる上での絶対的な目的ではない。

 

それが理解できると...

 

もうポジティブどころではない、嬉しさと幸せを感じることが出来るのだ。

それを思い出すのがクリスマス。

 

クリスマスに生まれたイエス・キリストと言うのは、神ご自身であり(神とイエス・キリスト聖霊は一緒...それを三位一体と言う)

イエス・キリスト(=神自身)をご自分の意志で敢えて殺すことで

どうしょうもない事ばかりする私達人間の罪の代わりとし、

それを以て

私達が死後、本当の人生を送ることが出来るようにして下さった...

 

クリスマスに私達に贈られたのは、死後に始まる、本当の人生。

死後は終わりではない。

これ以上の良いニュースはないでしょう?

 

非常にシンプルだけど、これ程まで理解するのが難解なものもない。

どうか一人でも、今年のクリスマス、本当のクリスマスの意味を理解できる人が出ますように。