アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

新しいことを、する

 

最近、意識して新しいことをするようにしている。

 

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今までずーっとこうしてやってきたから、と言う理由だけでやってきた行動を(これを習慣というのよね...そして、それが国だと文化に、人だと人格になる)思い切って変えてみたり、新しいものを試したり。

 

勿論、なりふり構わず新しいものに飛びつけ、というのではない。

今迄の40年以上の人生で大切に積み重ねてきた、または選りすぐんできた、変えるべきではない大切な習慣もあるだろう。

そうではなくて、守りに入りがちな自分の意識を柔らかくする訓練をしているのだ。

 

紙・ペンを使わないで、全てデジタルで済ませたり

何気なく飲んでいたコーヒーではなく、お茶にしてみたり

カジュアルから一変、ちょっとドレッシーなワンピースを着てみたり

美容院や髪型を変えてみたり

20代の女の子達が一杯のアフターファイブに参加してみたり

快適ホテルじゃなくて、キャンプに行ってみたり

 

些細な事ばかり。

でも、言うのは簡単だけど、やるのは結構難しい!

アラフォーでこれだと、アラフィフなんてもっと大変だろう。

 

腰も重くなってるし、「別に今迄のやり方でも支障はないじゃない」「めんどくさい」「何で今更」っていう考えが一番初めに出てくるのが40代以降。

プラス、「これが私のスタイルなの」「この年でこれやるの?」っていうプライド。

 

でも、その重力をえいやと押し払って、新しい事や、今までとは違う方法を試してみると...

 

  • 新鮮な感覚が得られる(若返る)
  • 偏見や思い込みが改められる(謙虚になる→感謝が出来る→幸せを感じる)
  • 新しい可能性に触れることが出来る

 

この感覚が、自分の中に新鮮な風を起こしてくれるようだ。

なぜなら、こういう経験をしている時って、他人のことが気にならない。

新しいことを味わうのに集中しているし、自分が自分の時間の主役、そして、今を生きている。

 

若い頃は何をするにもこういう感覚だったなあ。

自分が主役でない人生など、10代・20代、人は普通考えない。

40代以降になると、自分がやることは脇役が多いのでつまらないし、

何をしてもさらっとしれっとこなせてしまうので、味わいがない。

それらが、かたーい頭や習慣になる。

精神的に老けていた、と気づかされる。

変化が少なくなるにつれて、人はたるむので、澱んでくるみたい。

新陳代謝がない状態だから。

 

私の職場は、殆どが20~30代の若者ばかりだ。

嫌でも自分とはかけ離れた話題やファッション、雰囲気や感覚などに触れることが出来る。

そして、若者は、何といっても「これから」を考えているので、人生に前向きで肯定的だ。

 

昨年転職したばかりの私は、年齢的にはとっくにお局世代だけど、幸いにも(?)仕事に関してはまだまだ見習いレベルなので、皆に助けてもらっているし、新入社員みたいな感覚でフレッシュな時を過ごさせてもらっている。

勿論、外国なので、歳は関係なくフレンドリーな職場だからこそなのだけれど、

それでも、40過ぎてこの若い集団と一緒にいられるのは、実りが多いなあと思う。

 

なぜなら、まだまだ若かった頃に一時期勤めた日系の職場には、40~50代の日本人が沢山いて、そこで、世間一般のアラフォー・アラフィフの傾向(日本人限定)というのを大いに見せつけられたからだ。

 

まず驚いたのが、40~50になると、外見も内面もだらりと崩れる人が圧倒的に多くなること。

勿論、人生の先輩方として彼らから何かしら学ぶこともあったし、素敵な人やカッコいい人もたまにはいた。

でも、大多数は「こうはなりたくない」という反面教師。

ボーっと生きていたら、自分も一般の波に巻き込まれて、気が付けば「あちら組メンバー」だろう。

自分はどうなるべきか?という問いを突き付けられたようで、真剣に今後の在り方を考えたものだ。

 

アラフォー・アラフィフの皆さんは、良くも悪くも「自分のやり方」や「自分の考え」や「自分の世界」というのを抱えていて、ランチタイムのテーブルでは、自分に関する自慢やアピール、若いものへのお小言・お説教、昔話、会社の悪口や不平不満、体の不調、そして、人のうわさ話やひがみコメントが多かった。

そうでないポジティブな方でも、何となく「あきらめ・守り」な静モードか、または逆に野心ギラギラで「出来る男・女」というよりも「アブラギッシュ」なイメージが怖い動モード。

 

それだけ、40代・50代というのは、小粋に生きるのが難しい年代なのだろう。

ランチタイムは、ハッキリ言って苦痛だった。

 

 

そして、全体的にこの層の人達に際立って見えた傾向が、「変化・新しいモノへの拒否」だ。

 

パソコンは難しいし、使えなくても別にいいです...

これでやってきて支障はなかったらから、これからもこれでやりましょうよ...

若い頃とは違って疲れるし、今は家族もいるし、ムリですよ...

みっともないですよ、この歳でそれをするのは...

 

今、年齢だけ言えば、彼らと同年代になった私。

とうとう来たか、という感じだ。

これからが、勝負。

 

 

「自分」を確立しつつも、柔軟性と変化を恐れず、しなやかに生きていこう。

アラフォーである今だからこそ、出来るはずだ。