アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

アラフォー女

昨日、年下だらけの職場での日常を記事にしたが

20-30代の彼らの中で自分に課せられた振る舞いとは、やはり大人の落ち着きだろう。

アラフォー女性は、もはやあたふた・せかせかしてはいけないのだ。

白鳥のように、足はバタバタやりつつも、水面上は優雅に移動するべき。

 

しかし、アラフォーとてまだ発展途上の生身の人間。

常に落ち着いた大人でいるのは、難しい。

特に、旦那や子供関係で何か問題が生じたり、

お金やその他の心配事があったりすると

その私生活のイライラが吹っ切れずに、職場まで引きずることもある。

ホルモンバランスの乱れがあるときも同様。

 

家では、私は母として妻として、家族の精神安定剤となっているので

出来るだけ彼らには優しく明るく話すようにしている。

そして、前述のように、職場ではアラフォー女性のたしなみとして、

どんな時でも慌てずに、上品に穏やかにいるようにしている。

なので、傍からは、私の人生に苦しいことは何もないのだろうと思われているかもしれない。

 

 

でも、実際は。

とんでもない。

悩み始めたら精神を病めるレベルの辛いことが、私の人生にだって沢山ある。

ただ、ネガティブ思考は何も解決しないどころか悪くするだけだと今迄の歩みの中で学んだので、どんな時でも極力前向きに生きるようにしているだけだ。

しかし、ポジティブだからといって、傷ついたり疲れたり悲しんだりしないわけではない。

逆に、泣いたり叫んだりして発散しない分、

やりきれなさ、イライラ、狂暴な感情が内側に溜まるときもある。

本来、私は体育会系でとてもエネルギーのある人間なので、余計そう。

 

私がジムに行くのは、それらを発散させるためでもある。

 

私は筋トレが大好きだが、ハッキリ言ってやっているその最中は、辛い。苦しい。

でも、体力の限界に近くなると、「なにくそ!負けるか!」という

熱く強く、狂暴で負けず嫌いで、強くたくましい「根性」が出てくる。

これを出すのが快感なのだ。

どれもこれも、日常生活では決して見せることのない、でも本来の私。

オフィスですまして涼しい顔をしている私のイメージとは、180度かけ離れている。

 

時々顔を出す女子だけの筋トレクラスには、20代のキレイなOLの女の子たちが多いが

簡単そうに見えて実は結構辛い筋トレメニューについて行けず、途中で音を上げる子たちが殆ど。

周りが次々に脱落していく中、私は息も切らさずに、最後までこなす。

その時、心の中で一人、思うのだ。

「伊達にのらりくらりとアラフォーになったわけではないのですよ、お嬢さん方....」(笑)

 

精神面でも体力の上でも、常に負荷がかかった日常を送りながらも

それを最近は外にひけらかすことはない。

負荷を嘆くのではなく、「筋トレ」と思うこと(メンタルもボディーも)

辛さとは自分を磨く要素、としてとらえること。

そうすると、生き方が変わってくる。

そういう姿勢で生きると、得られる結果も確実に変わってくる。

 

ジムでは、普段の自分とはかけ離れた、マッチョな(?)もう一人の自分を散々出すことが出来る。

筋肉を傷めつけるという意味で、辛ければ辛いほど、厳しければ厳しいほど、反比例的に頭と心のストレスが楽になるのが筋トレの不思議であり、ハマる理由でもある。

 

ダンベルを上げる時に鏡に映る自分の鋭い目つきは、今にも誰かを殴り飛ばしそうだ。

オフィスで柔らかく笑う上品なアラフォー女は、そこにはいない。

 

その後、シャワーを浴びて、着替えて、化粧をする。

髪を整えヒールを履く頃には、また、たおやかな(笑?)アラフォー女性に戻っている。

 

 普段は服に隠れて見えないが、脱ぐとクッキリと筋肉が見える二の腕と、背中。

ここだけ見たら、とてもアラフォー女とは思えない。私の密かな自慢だ。

この鍛え上げられた筋肉と、1時間の筋トレクラスが終わってもケロリとしている私に、初めてジムに一緒についてきた同僚の20代の女の子が、目を丸くしている。

 

そして、言った。

「信じられない」

ここ最近で、最高の褒め言葉。

 

アラフォーでこれだ。

アラフィフになったら、どんなお言葉を頂戴するだろう?

そう考えると、歳をとることと、若者の中に紛れるのも悪くないと思える。

 

普段は優雅に、大人に。

その反動は、ジムの筋トレ時に大いに出す。

これ、特にアラフォー以降の女性に大いにお勧めする。