アラフォー国際結婚ワ―ママの「清く、強く、美しく!」

小手先テクには興味なし!筋トレと良い習慣の取り入れからなる 「清く、強く、美しい」 大人の女性化計画進行中~!

風邪と、メンタル撃沈と、そこから得た悟り

体調を崩して、早1週間近くダウンしている。

いや、「していた」と過去形にしたほうがいいかな?

おかげさまで、今日はブログを書けるぐらいまで回復している。

 

先週の今日頃、筋トレクラスに行った際

いつもは喜々として挙げるダンベルを持つ気力がなく、自分で驚いた。

今月は忙しかったし、寝不足と疲れだな、と軽く思っていた。

そして、そこにさらに生理が始まるという、ダブルパンチ。

 

風邪は年に1・2回引くか引かないかぐらいで

後はホルモンバランスが崩れる程度

その他は常にエネルギーが有り余っている自分

一度病気になると、溜まっていたものが一気に落ちるようだ。

 

仕事を休むのはどうも気が引ける日本人気質の私だが、今回は4日も休ませてもらった。

しかし、仕事はどうにかなっても、主婦業はやめられん。

食事は避けられないし、掃除や洗濯は溜まると大変なことになる。

旦那は1・2日ぐらい夕飯作ったり子供の世話をしてくれるけれど

息子も反抗期だし、第一彼も仕事が忙しいのでどんどん疲れが溜まり

3日以上になると家のムードが険悪になる。

一人暮らしの風邪も大変だけど、チームプレーで成り立っている家族がいる場合、その内メンバーの誰かが体調を崩すと本当に大変だ。

息子が赤ちゃん時代だった頃は、もはや記憶すらない(余りにも過酷すぎて、自分を守るために、自分の潜在意識が勝手にメモリー削除したみたい)。

 

ということで、この一週間は怒涛の日々だった。

 

そして、その間の私の「体・心」のダウン具合といったら、なかった。

いや~ 興味深かった。

何しろ、ポジティブとテキトーと筋トレぐらいしか取り柄のない私が、「人生辞めたい」と思ったぐらいだから。

 

流石にアラフォーという年の功もあり、

こういう「絶賛ネガティブキャンペーン120%祭」みたいな時には

「体調が悪いだけ。人生、こういう時もある。いつかは過ぎる」と人生卓越した感の別の自分がまず出てきて、弱っている自分をなだめるのだけど、それと同時に

「もういや。何もかも嫌。仕事したくない。家事も育児もどうでもいい。家族どうでもいい。っていうか誰とも接したくない。筋トレとか人生の意味とかどうでもいい。日本帰りたい。美味しいモノ食べて寝て、日本のウチワネタのブログ見て笑って、漫画見て現実逃避したい。とにかく楽したい(←!?)」

という、あり得ない精神レベルの自分がわらわら出てくるわ、出てくるわ...

しまいには、日本が恋しくて乙女のように泣きだす始末(←海外在中20年以上のアラフォーおかんですよ?)

隠れストレスの溜まり様とホルモンバランス破壊感が半端ないな、自分...と思わされた。

 

前述のように、体が弱っている時にメンタルが弱くなるのは普通の現象であり

普段あまり体調を崩すこともないので

調子が悪いと、一気に大袈裟なまでにドーンと悪くなるパターンが多いことはもう長年の経験で解っている(あと、更年期だし...⤵)

 

なので、ズーンと落ち込んでも「ああ、またか...乗り越えねば」となるが

これを人生初めて体験する10代とか20代の若者だったら、下手すると真に受けて人生狂う場合もあるかもしれないなあ、とふと思う。

ただの風邪でここまで落ちるのだから、もっと深刻な病気と闘病されている方々はどうなのだろう。

または、留学中とか国際結婚したてとかでなれない異国で孤独にやってたり

乳幼児育児でとにかく毎日がサバイバルの人

別にそこまで特殊でなくとも、ごく普通の生活を日本で送っている人でも

皆何かしら傍からは見えない苦しみや悲しみを抱えて生きているんだろうなあ

大変だろうなあ、いや、皆さん生きてるだけで偉いよなあと、異常にセンチメンタルになり、世間一般を相手に、勝手に涙する。

 

うん... 悲しみや苦しみは人生において何に役立つか、というと、まあ色々回答はあるが

私のような能天気なイケイケ人間には、他人の痛みを思いやる心や、当たり前のことにも感謝する心を思い出すという面で、良い薬かもしれない。

 

私は、筋トレで人生は有意義になるという考えの支持者だけど、

筋トレそのものを始める為の力すら出ない時、

そもそも考えようとする気力すらない時もあるのが人生、というのも十分理解しているつもりだ。

 

ここ数日間の検索ワードが凄い。

  • 風邪 辛い時
  • 何もかも辞めたい
  • 人生つらいとき

...

 

おーい、辛い辛いうるさいよ、どんだけネガティブだよ、自分...と、自分で1週間前の自分を突っ込む。

でも、これ、わかる。

既に8割がた回復しつつある今でも、わかる。

弱っている時って、イケイケ感やハッピーオーラ全開の情報なんて、見る気がしないのだ。

 

ルックスの美しさとかオシャレとかビジネスの合理性とか最新とかスピードとか成功術とか、実はこれらは結構好きなジャンルの情報なのだが、この1週間はこういうテーマは驚くほど受け入れられなかった。見るのもヤダ、という感じ。

逆に、日本のもの、とにかく穏やかで、健全で、やさしく、人間くさく、時に懐かしいものを欲し、

ネコ・犬の癒し系のブログや、日本での何気ない日常を綴った主婦の方のブログ等をひたすら閲覧する日々。

 

この現象が3~4日続いたところで、ふと悟った。

これは、老後の予行練習では...

今は、なんだかんだ言ってまだ若いし(日本では4人に一人が60歳以上だそうですし)

筋トレが好きでライフワークにしたいというのも別にいいし、今後も続くだろう。

でも、それとは別に、自分の心の奥深くにある、飾らない自分の本質というのも、ここらでじっくり省みる必要があるのではないか?

 

昔、老人介護施設でボランティアをした際

そこで働いていたプロの方が、しみじみ仰っていた。

「人は、老いて弱くなると、その方の今までの生き方と共に、その方の本性というか、本質が見事に出るのですよ」

 

ルックスの美しさとかオシャレとかビジネスの合理性とか最新とかスピードとか成功術とか

これらはまさに、今までの私が夢中になってきたものだ。でも、

「日本のもの、とにかく穏やかで、健全で、やさしく、人間くさく、時に懐かしいもの」

若い頃には、辛気臭いと一蹴りしてきたであろうこれらのキーワードをこれほどまでに辛い時に欲したということは、これらを潜在意識の中で大切に思っている自分が確かにいるのだろう、ということだ。

 

この国で20年近くやってきて、とにかくサバイバルの日々だったと思う。

色で例えれば、日本のたおやかな色彩とは逆反対の、原色だらけの日常。

ショッキングで、強くて、見て受け入れる側にも体力と気力がいる。常に戦いモード。

そして、それは今でも変わらない。

幸い親日国で女性に優しいお国柄とあり、得したり大目に見てもらうこともあったけど、それでも辛いことや試練の数は計り知れない程あり

それを乗り越えてこられたのは決して自分だけの力だけではないことは分かっているけど

でも、ここまでやってきた、やってこれたと誇りに思うと同時に、

ここへ来て、何かひと仕事終えたような、人生の区切り地点にいるような気がする。

ここから、人生の折り返しのような気がするのだ。

 

これからまた一つ一つを選択して人生を歩むことになるが

そして、まだまだ老後を考えて大人しくなるには早すぎるが

がむしゃらに前だけみて突っ走ってきた体育会系の自分からは、明らかに卒業の時が来た。

訓練の時期は終わり、成熟の時期、何かをじっくりやり始める時が来たな、と思う。

 

「日本のもの、とにかく穏やかで、健全で、やさしく、人間くさく、時に懐かしいもの」

これらは、辛い時の自分が発した大切なキーワードだ。

いわば、見かけだけでない価値のあるもの、人生の終わりを迎えようとするときに、自分が思い出すものなのかもしれない。

こういう、普段滅多に知ることが出来ない自分を見れたことが、今回最大の収穫であり、悟りだ。

 

情報溢れる現代、あれもこれも良くて魅力的で、周りの意見やブームやそれらに影響されて、そこから出る目標も、そういう気はさらさらなくとも自分の本質とは全く違う次元のものになっているかもしれない。

それは別に悪い事ではないのだけど、最大の問題は、それを得た時に「あれ、何か違った」と気づくこと。

人生の終わりになって、自分が今まで必死になって目指してきたことは、実は何一つ価値のない事だった、ということがないように

これからは、本質的な自分も無視せずに、一つ一つを選択して生きていこうと思う。