【たくましく美しく生きる術】Blog by Nina S.

人生、40歳からが本番 ~ パワフル&エレガント

お手本

その人は、いつも自分が一番魅力的に見える服を着て、

ヒールをならして、堂々と歩いた。

 

誰にも臆せず、ハッキリと話した。

自分が欲しいモノが手に入るまで、ひるまない。

 

エレベーターでも、レストランの入り口でも、男性は必ず一目置く。先を譲る。

定員やウェイターやドライバーが、嬉しそうに相手をする。

道行くすれ違う男性が、「その靴、いいね!」と褒める。

女性が、「そのバッグ、どこで買ったの?素敵」と聞く。

 

彼女はいつも、そうされて当然、という感じで、

ごく自然にその好意を受け入れる。

そして最後に、満悦の笑みで「ありがとう」と返す。

お世辞や、余計な社交辞令は言わない。

 

 

男に媚びを売らない。

男は興味がないという感じなので、セクシーなのに、いやらしさが微塵もない。

そんなことより、ショッピングが好き、服とバッグと靴が大好きで、

親や親族が大好き。

どこにいても食べたいものを食べ、自分がやりたいことをやる。

常に何が欲しいか知っていて、それを得ることに集中していた。

他人や世間やゴシップには、一切興味がない。

 

 

20代の頃、職場で、彼女に会えたことが、私の在り方を大いに変えた。

 

彼女の存在なしでは、恐らく今の私はないだろう。

 

「女性の在り方」の分野において

私が物凄く影響された人の、ランキング上位に入る。

 

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彼女は、新しく配属された部署で、直属の上司となった。

上司と言っても、私とさほど歳が変わらない、20代後半。

小さな部署で、私と彼女の二人だけ。

彼女を一目見たときから、密かに一目ぼれ(変な意味ではないですよ、お手本として)していた私は、ワクワクした。

 

長身で、胸もおしりもどーんと大きいグラマーガール。

本人は大きいのがコンプレックスだったようで、ダイエットに必死だったけど、

くびれがあり、足が細いせいか、ちーっとも太っては見えない。

これって、東洋人にはない、黒人・白人の特権ですね...(ほんと、羨ましい...)

 

母親が美容師さんだそうで、髪型やカラーは流行に従って毎回変わる。

基本は金髪の入った、ロングのブルネット。

 

 

人によっては、彼女のようなタイプは苦手な人もいるだろう。

というか、かなりの自信家で自己中心的、そしてそのわかりやすい容姿から、

実際に職場ではアンチも多かった(その大半は、女性...恐らく、妬みから)。

 

しかし、私は彼女に嫌悪感を感じたことは殆どない。

 

なぜなら、あっけらかんとしていて、自分の人生に集中して生きていたから。

逆に、彼女のやることなすこと陰口叩いて妬んだり噂をする同僚女性のほうに嫌悪感を感じたものだ。

 

彼女から学んだこと...紹介していきます。

 

 

 

キャバレーの舞台裏

今から20年程前、母と、ホテルのロビーの化粧室で、

一緒に鏡を目の前にしたことがある。

 

家族ぐるみの知人とのディナーの前に、

「トイレに行っておくね」、「あ、私も行っとこうかな」となったのだ。

 

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「なんかあたしたち、キャバレーの楽屋で出番待ちしてる女みたいね」と、母。

キャバレーって...(古い 笑)

 

並んでみると、母と私はやはり全く違う。

外見も、雰囲気も。

色黒、大柄、体育会系で、全てにノリと根性を求める私と、

色白ですらっとして女らしく、上品な母。

 

でも、時々、こういうことさらっと言ってのける、面白い人なのだ。

 

「わたし、今、凄いモテ期でさ~。」

どういう話の流れでそういう話題になったのかは知らないけれど、

ピカピカの20代だった私は、母に言った。

 

「へえ」

母は笑って、またさらっと一言。

 

「これぞ、という一人にモテるほうが凄いと思うけどね」

 

どうでもいい男に沢山言い寄られて、統計上でナンバーワンになるより、

自分が心から大切に思う人に、

「貴方がオンリーワン」と言ってもらえる女になるほうが難しい。

現代的に言うと、Facebookに登録された男友達が何千人いたところで、

その中の誰にも「本命」と思われていないとしたら...

 

母はあの時、決して母親顔して、

「はしたない!一人にして、結婚しなさい」とたしなめたかった訳ではない。

若い女ざかり(?)の娘に嫉妬したわけでもない。

そんなつまらないことは言わない、超越した女なのだ。

 

私は、母の言葉の意味を、20年後にしてやっと理解しつつある。

 

 

自分受け

 

母は昔、鏡に映った自分を見て、「キレイね~」と言っていた。

当時、彼女は30代。

 

幼かった私は、「お母さん...自分で自分をキレイって、図々しくない?おかしいよ?」

というような事を言ったと思う。

 

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母は笑って、こう答えた。

 

「人に『綺麗だね』って言って欲しい、って期待するほうが図々しいんじゃない?」

 

 

母は、外見も趣味も生き方も私と全くタイプが違う女で

対立もしなければ、共有出来ることも余りなかった。

でも、

幼い頃から、私を少女や娘、というよりは、『女』として話していた。

 

その頃の教えが、今鮮明によみがえる。

 

生きる意味

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今日は辛い出来事があったせいか、気づくと人生について考えていた。

 

神様が人間に辛いことが起こるのを許されるのには、色々と訳があるのだろうけど

その中の一つは、

「ちょっと立ち止まりなさい」

という意図だと思う。

 

なぜブログを開設したか。

 

理由は幾つかあるけれど、一番大きいのが、

自分が試して良かったことや、学びから得た知識、

そして失敗や痛みからの気づき・悟りが、

顔も名前も知らないどなたかに役に立つことがあるのでは?と思ったから。

 

私は何かの専門家でもないし、自己啓発の本の作家を気取りたいのでもない。

これといった取柄があるわけでもない、本当に普通の、只の日本出身の中年女だ。

外国に住んで国際結婚という意味ではちょっと違うけれど、

今時、特に珍しくもないだろう。

 

ここに書いたこと、書くであろうことは、

どこかで聞いた話をただ反復してるだけかもしれないし

単なる自己満足で終わるかもしれない。

ってか、知らないことばっかりだし。

 

でも、

 

一人で日本を出て、もう20年以上。

 

外国で、一人悩んだとき

継子へのわだかまりをどうしようか悩んだとき

旦那の考えが自分と余りに違うので茫然となったとき

外国で一人(あ、旦那もいたか 笑)妊娠・出産したとき

新生児育児が辛すぎて、「何の修行?」と思ったとき

子供の育て方において、旦那と対立した時

何もかもリセットして、日本に帰りたくなったとき

お金に困ったとき

旦那の親戚との距離の取り方に悩んだとき

余りにもフルタイム・母親・妻業の両立が辛い時

職場の人間関係に悩んだとき

(永遠に続く)

 

同じ状況にいる日本人のブログに、何度救われただろう。

 

国際結婚で、海外在住で、妻で、母で、日本人が周りにいなくて、フルタイム勤務で。

日本語でつづられた言葉。感覚やツボが一緒。

 

ああ、同じような状況の日本人女性がいる...辛くても、頑張ってる。

私と同じような事で悩んでる。

 

そして、私なんて人生で本当に大したことしてないけれど、

私のいる状況を目指している人が少なからずいる!ということにも気づいた。

だったら、私が日々経験していることは、その人たちの役に立てるかも。

 

貴方のいる場所を目指している人の、道しるべになるといい。

貴方は気づかなくても、そこに行きたい人は必ずいる。

 

文章にすると大袈裟だけど、本気で思ってる。

貴方の苦しい気持ちを少しでも、少しでも和らげるきっかけになれたら、

これ以上嬉しいことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

内なる強さ

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人生は、辛いことの連続。

いくら傍から見てお気楽そうでも、皆必ず、どこかで戦っている。

 

人生というのは、死活問題が1つだけあって、

それをクリアすればあとはバラ色、っていうんじゃないのがね...

 

全力で対応すれば何とか越えられる障害を一つ越え、二つ超え...

一息つく間もなく、また一つ。

それがずっと続くように思えて、「え?まだあるし?ってか、全然休めないし?」って感じ。

 

お金の事、健康、人間関係、突然襲う悲劇、理不尽な出来事...

あとは、悩みとか。

悩みがない人、いないよね...

人に言えるぐらいなら悩みとは言えない!って感じの、

深刻な、または、超・個人的な。

 

上記の幾つかに加えて、

子供とか、介護しなきゃいけない親とか、

選択肢のない義務や、

どんなにしんどくても守り養わなくてはいけないもの、背負うものを持つ人は、

それこそ障害物競走をマラソンレベルでやっているようなもの。

 

私も幾つか背負っておりまして...

 

今日は大変辛いことがあり、久しぶりに泣いた。

余りにも状況が複雑で、何も出来ない無力にも脱力。

普段はかなりエゴイスト合理的で、おバカポシティブで

気持ちの整理が得意な自分も、流石に落ち込んだ。

日々の疲れも重なって、ほろっと涙が垂れた、と思ったら最後、

あとは勢いでどーっと泣けてきて、一気に疲れてしまった。

色んな事に。

でも、投げ出すことはできない。

必死の思いで、気持ちの切り替えをするしかなかった。

 

でも、辛いことというのは筋トレと同じ(←出ました、元・体育会系...)だと思う。

患難は忍耐を生み出し、忍耐は練達を生み出し、練達は希望を生み出す...

筋トレにバーベルが必要なように、精神の成長にも負荷が不可欠。

 

辛くて悩んで、絶望しても、何もかも投げ出したい、と思っても

ふてくされず、最善を尽くし、出来ることをする。

そういう苦労は、大抵人には見えない。理解してもらえない。

悲しい。

 

でも、辛さを一つ越え、二つ超え、で精神的に成熟すると、

鍛えた筋肉のように、顔が変わる。

味のある、凛々しい顔になる。

 

これ、男性が特にそうじゃない?

若々しいジャニーズみたいな美少年も綺麗だと思うし、まあ目の保養にはなるけど、

私が惚れ惚れして見惚れてしまう男というのは、

大抵、苦しみや辛さを超越したであろう、またはその真っ只中にいるであろう、

凛々しい顔の男性だ。

 

で、そういう顔をした女性も、負けずに美しいのだ、これが。

大人の女性が美しいのは、この人格の奥深さが、品性が、オーラとなるからだと思う。

10代20代の小娘にはかなわない圧倒的な何か...

これ、私自身、小娘だった時に欲しくて憧れたなあ。

 

ただ、いい年して体育会系のノリだけで乗り越えようとしても無理なんで、

そこは気を付けなければ。

下手すると体も精神もついていけなくて、壊す。

 

見かけや外側の強さもいいけれど、

内なる強さも綺麗になるには大事だな、という話でした。